薄 雲
(七) | 大堰では、たいそうのどやかに、趣深く住みこなしています。家のたたずまいも風変わりで、珍しい感じの上に、女君の御様子などは、逢うたびごとに、高貴の方々にも見劣りするところがなく、器量といい姿といい、心ばえも申し分なく、女盛りに美しくなっていきます。 「ただ世間並みの受領
の娘と思われるだけで、目立たないでいたとしたら、こうした身分違いの縁組も世間にまんざら例のないことでもないと見過ごされもするだろうが、世にも稀なあの偏屈者の父入道の評判などが、全く困ったものだ。この人の人柄などは、これで結構なのに」 などと源氏の君はお考えになります。 いつもはかない逢瀬おうせ
で、満足しないまま別れるせいか、今度もゆっくり出来ずあわただしくお帰りになるのも心苦しくて、源氏の君は、 <世の中は夢の渡りの浮橋か> とばかり、お嘆きになります。 筝そう
の琴こと があるのを引き寄せられて、あの明石の浦で、夜更けに女君の弾いた音色を、いつものようにお思い出しになります。琵琶びわ
を聞きたいといって御所望になりますと、明石の君は、少し掻き合わせ弾かれました。 源氏の君はそれを聞かれて、どうしてこうまで何もかもよく身にそなわっているのだろうと感心なさいます。姫君のことなど、こまごまとくわしくお聞かせになってお過ごしになります。 ここはこんな人里離れた田舎ですけれど、こんなふうに源氏の君が時々お泊まりになることもありますので、ちょっとしたお菓子や蒸し御飯くらいは召し上がる時もあります。近くの嵯峨野さがの
の御堂や、桂かつら の院などにお越しになるのにかこつけてお見えになり、それほど一筋に女君に夢中になっていらっしゃるふうにはお見せになりません。けれども、そうかといって、あまりあからさまには女君に間の悪い思いをさせるようなこともなく、並々のお相手といった軽々しいお扱いをなさいませんのは、やはりこの方への御寵愛は格別なのだと思われるのでした。 女君もこうした源氏の君のお気持を十分存じ上げていて、出過ぎたと思われるようなことはせず、また、あまり卑下もしないで、源氏の君の御意向にさからうようなことはなく、ほんとうに非の打ちどころのない態度なのでした。 並々ならず高貴な身分の女君の許でさえ、源氏の君は、これほどお打ち解けになることはなく、気高い態度をお崩しにならないとのことえお噂に聞いていますので、 「お側近くに住むようになって、あまり親しくなってしまうと、かえって珍しくもなくなり、人に見下されるようなことも起こるだろう。時たまにしろ、こうしてわざわざお越しいただく方が、わたくし自身も面目が立つというもの」 と、明石の君は思われるようでした。 明石にいる入道も、別れる時にはあんな強いことを言ったのに、源氏の君の御意向や、大堰での暮らしぶりを知りたがって、しきりに使いの者をよこしては様子を聞いて、胸のつぶれる悲しい思いをすることもあり、また面目をほどこすような、嬉しい思いもたくさんするのでした。 |
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