姫君は何もお分かりにならず、無邪気に、早くお車に乗ろうとせいていらっしゃいます。車を寄せてある所に、母君が御自分で姫君を抱いて出て来られました。姫君は片言のたいそう可愛らしい声で、 「お母ちゃまもお乗りなちゃい」 と、母君の袖をつかまえて引っ張るのも、明石の君はたまらなく悲しく思われて、 |
末遠き
二葉 の松に 引き別れ いつか木こ
高き かげを見るべき (二葉の松のような 生い先の長い幼い姫君に 今別れていつの日にか 立派に成長したお姿を また見ることが出来ることやら) |
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終わりまではとても言い切れないで、はげしく泣くのでした。 「そうだろうとも、何と可哀そうに」 と、源氏の君はお思いになられて、 |
生お
ひそめし 根も深ければ 武隈たけくま
の 松に小松の 千代ちよ をならべむ (この姫が二人の間に生まれてきた
宿縁の深いのだもの きっと行く末はこの姫の成長を 二人で眺める日も来ることだろう あの武隈の小松のように) |
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「気長くお待ちなさい」 と、お慰めになります。 明石の君はそうかも知れないと心を静めてはみますけれど、やはりとても別れの悲しさに耐え切れないのでした。 乳母と、少将という品のよい女房だけが、お守り刀や厄除やくよ
けの天児あまがつ とい人形などを持って車に一緒に乗ります。お供の車には見苦しくない若い女房や女童めのわらわ
などを乗せて、二条の院までお見送りにお供させました。 その道すがらも源氏の君は、後に残った明石の君のお心の辛さを察して気の毒でならず、 「何という罪作りなことをしたものか」 とお思いになります。 暗くなってから、二条の院に到着しました。お車を御邸に寄せるなり、大堰とは打って変わったはなやかな雰囲気なので、田舎びた女房たちは、これからは、きまりの悪い思いをして御奉公することになるのだろうかと、不安になりましたけれど、源氏の君は寝殿の西廂にしびさし
に姫君のお部屋を特別にご用意なさって、小さなお道具類を見るからに可愛らしくとり揃えさせておありです。乳母には、西の対たい
にゆく廊下の北側の部屋をお与えになりました。 姫君はここに着く途中で寝てしまわれました。抱きおろされても泣いたりはなさいません。紫の上のお部屋でお菓子などを召し上がったりなさいましたが、だんだんあたりを見まわして、母君が見えないのに気づいて探しては、いかにもいじらしい泣き顔になられますので、乳母を呼び寄せて、あやしたりすかしたりして気をまぎらわしておあげになります。 源氏の君は、 「今頃、大堰の山里では、姫のいない所在なさ、淋しさを、明石の君がどんなに深く感じているだろう」 と思いやられますと、不憫でなりません。それでもこちらで紫の上が明け暮れ、思い通りに姫君のお世話をしながら育てていらっしゃるのを御覧になって、やはりこれが一番いい方法だと思っていらっしゃることでしょう。一方では、 「どうしてだろう。世間から母親の出自しゅつじ
などでとやかく非難されないように、この紫の上にも子供が生まれたらいいのに、そうならないのは」 と、源氏の君は残念にお思いになります。 姫君はしばらくは大堰の母君や女房たちを捜して泣いたりなさいましたけれど、もともと素直で愛嬌のある御性質なので、紫に上にすっかりなついて甘えられます。紫の上は何という可愛い子を授かったものかとお思いでした。ほかのことは捨てておいて、姫君を抱きあやして、いつも遊び相手になってあげられるので、乳母も自然に紫の上のお側近くにお仕えして慣れてきました。 源氏の君は、この乳母のほかに、別に身分の高い、お乳のよく出る人を乳母にお加えになります。 姫君の御袴着の式は、それほど大袈裟おおげさ
に御準備なさったこともないのですが、やはり趣のあるものでした。お部屋の飾りつけなど、姫君にあわせてすべて小ぶりなので、まるでお人形遊びのような感じがして美しく心魅かれます。 お祝いに来られたお客たちも、常々から朝となく夜となく人の出入りの激しいお邸なので、とりわけ目立つということもありませんでした。ただ、姫君が襷たすき
を結ばれたお胸のあたりが、いっそう可愛らしくなったようにお見えでした。 |