という哀切な歌で、源氏はすまなさに辛い思いをする。朱雀院の前斎宮への恋心を知りながら、藤壺の女院とたくらんだ今度の入内を、院がどんなに口惜しく思っていられるかと同情する。 「何にかくあながちなることを思ひはじめて」 とある原文は、どうしてこんな無理をしなくてもいいことを思いついてという意味である。おとぼけもいいところで、源氏は前斎宮を、故御息所の遺言を利用して、自分の娘として入内させ、本当は自分の子である冷泉帝と結婚させ、一日も早く帝の子を産ませ、外戚の立場を得たいという政略結婚を企てたのである。 それに、もしかしたら、須磨へ流浪させた朱雀院へのかくされた恨み、その留守に朧月夜だけを許してほしいままに寵愛した朱雀院への嫉妬等もないまぜになっていたのでないだろうか。 前斎宮は朱雀院に対してなつかしさを感じている。十四歳の遠い昔、大極殿
で近々と仰ぎ見た時、やさしく作法通りに小櫛をさしてくれ、目に涙を一杯ためて別れを惜しみ泣いてくれた優美でやさしいお顔を忘れてはいない。まだ子供の冷泉院より、朱雀院の方がふさわしいのは誰の目にも明らかであり、前斎宮の心の底にそういう思いがあったとしても当然である。 源氏は気分が悪いと言って返事も書こうとしない姫君の態度にはらはらする。もしかしたら、姫君はこういう強引な源氏のはからうを恨んでいるのではないかと心にやましさが走る。 このあたりは、身分は最高でも、孤児になった姫君の哀れさが読者にも伝わって来て涙をもよおされる。 けれども入内してしまった女御は、無邪気な帝にも慕われておだやかな日を過ごす。先に入内した弘徽殿の女御は帝より一歳上で、仲のよい帝の遊び相手で、新女御の競争相手にもならない。やきもきするのは幼い女御の父である権中納言
(頭の中将) である。 宮中で、絵合の会が催される。冷泉帝も梅壺の女御も絵がお好きで上手であったからだ。 この日のため、梅壺の女御方と弘徽殿の女御方とはそれぞれ秘術を尽くして絵を集める。もちろん、源氏と権中納言が指揮に当っている。いよいよ、当日、何いず
れも劣らぬ名画が出品され、接戦だったが、最後に、源氏の須磨の絵日記が出て、梅壺方が圧勝した。 |