その夜、源氏の夢に故桐壺院が現れ、 「どうしてこんな所にぐずぐずしている。しぐここの浦を立ち去るように」 と告げる。すると、その明け方、明石の入道が船で源氏を迎えにやって来た。源氏は夢見のこともあり、入道の請いを入れ、その船で明石へ移る。 源氏は明石で、入道の海辺の立派な邸に住み、岡の方の別邸に住んでいる入道の娘と逢う。明石の娘はたいそう気位が高く、自分が田舎育ちなのっで源氏の君の気に入るはずはないと思い、かたくななまでに心を開かない。それでも、入道の取りなしもあり、やがてふたりは結ばれる。 その間も源氏は京の紫の上にすまないと思う心の呵責から、ともすれば明石の姫に夜離
れがちになる。プライドの高い明石の姫はそれを苦にしていた。それでも源氏は次第に明石の姫の魅力に惹かれ愛情は深くなっていく。 明石の姫はやがて源氏の子を妊みごも
る。そんな時、突然、都から赦免の宣旨が下り、源氏は二年半ぶりで、都へ帰ることになった。 さほど美貌というのでもないが、明石の姫は聡明で分をわきまえており、教養や趣味は、都の貴顕の姫君にもひけをとらない。源氏はかりそめでない愛情を感じていたが、都へ帰る喜びの前には、女との別れもあきらめられる。女の胎児は、はや三月みつき
に育っていた。 女と腹の子に思いを残しながら二年五ヶ月を過ごした配所から、源氏はなつかしい都へ帰還して行った。 入道や明石の君の悲嘆はたとえようもなかった。 紫の上には、もし明石の女のことがよそから耳に入ったら悩むだろうと思い、それとなく明石から手紙で知らせてあった。紫の上としては、配流先でまで自分を裏切り、新しい女を作った源氏を許し難いと思うものの、別れることも出来ない。 源氏が許されたのは、朱雀帝の一存によった。朱雀帝は眼病に悩み、弘徽殿の大后も病がちとなり、大后の父太政大臣
(さきの右大臣) も死ぬという不吉なことが重なり、ただでさえ、やさしく気の小さい朱雀帝は、父院の遺言を守らず、祖父や母の言いなりに源氏を罪に落としたことを後悔していた。 夢で故桐壺院に睨みつけられたので眼病になったと思い込む。完全な強迫観念によるノイローゼである。この朱雀帝はあの気の強い弘徽殿の大后の子とは信じ難いほど神経の細い人物で、いく度源氏に女を寝取られ、煮湯を飲まされても、どうしても源氏を憎めない。初めから負け犬的コンプレックスを、源氏に抱きつづけている。 そんなに早く軽々しく罪を許しては、天下にけじめがつかないと、源氏の赦免に大反対した大后の意見に背いてまで、源氏を帰京させるとほっとしたのか、たちまち朱雀帝の眼病も治ってしまう。 都で源氏を待ち受けていたのは、別れていた歳月の苦労に洗われて、より美しく成熟した魅力をたたえた紫の上であり、桐壺院在世当時以上の、華々しい政界での復権であった。官位は権大納言に昇進し、政界の中枢に返り咲く。朱雀帝はしきりに源氏を宮中に召し、親しく政治の相談をしたり、四方山の話をしたがる。 問題の朧月夜の君は尚侍として、源氏の須磨時代早々と許されて、朱雀帝のお傍に仕えていた。いくら君寵を得ても、朧月夜の君の心の底には、源氏の俤おもかげ
が宿っていることを朱雀帝は承知しながら、この不貞な女をもまだ愛さずにはいられないのである。これも、朱雀帝の性格の悲劇というべきものであろう。紫式部は様々なユニークな人間の性格と、それのもたらす悲劇を書きわけていく。 |