次の日は京へお帰りになる御予定だったので、少しゆっくりとお二人で寝過ごされました。すぐにここから真っ直ぐにお帰りになる予定でしたが、桂の院にお迎えの人々が大勢集まっていて、大堰にも殿上人がたくさんお迎えに参りました。 源氏の君は御衣裳をおつけになって、 「全く体裁の悪いことだね。こんなにやすやすとは見つけられそもない隠れ家だと思っていたのに」 とおっしゃって、騒がしさに急き立てられるようにお出ましになります。源氏の君は明石の君が不憫
なので、さりげないふりをして戸口で立ち止まられました。乳母がそこへ姫君を抱いて姿を見せました。源氏の君は、いかにも可愛いといった表情で、姫君のお頭つむり
を撫でて、 「これからは姫君に会わないとさぞつらいことだろうが、これも全く身勝手な話しだね、いったいどうしたらいいのだろう。ここは何といっても遠すぎるし」 とおっしゃいますと、乳母は、 「遠くで、あきらめきっておりましたこれまでの年月よりも、むしろこちらでのこれからのお扱いが心細いようなら、不安で心をすりへらすことでしょ」 などと申し上げます。 姫君は手をさし出して、源氏の君がお出かけになる後を追われますので、君は膝をおつきになって、 「不思議にいつまでたっても悩みごとの絶えないわたしだね。ほんのしばらくの別れにしてもほんとにつらい。どうしたのか。母君はなぜ一緒に出て来て別れを惜しんでくれないのだろう。見送ってくれたら、こんなに辛い胸も少しは人心地がつくだろうに」 とおっしゃいますと、乳母は笑いながら、女君にこれを御報告します。 明石の君はなまじ久しぶりの逢瀬に、身も心もかき乱され尽くして、死んだようになっていましたので、すぐには起き上がることも出来ません。 源氏の君はそんな女君の様子を、あんまり貴人ぶってもったいぶっているようにおとりになります。女房たちも困っていますので、女君はしぶしぶにじり出て来て、几帳に半ば隠れている横顔は、たいそうしっとりとして魅了があふれています。たおやかな物腰の上品さは、内親王といっても言い足りないでしょう。 源氏の君は几帳の垂れ絹を引きあげて、やさしくお話になります。前駆の者たちが、立ち騒いで待っていますので、源氏の君は出発なさりかけて、ふと振り返って御覧になりますと、明石の君も、あれほど乱れていた心を強いて鎮めたものの、名残惜しさにさすがにお見送りになります。 源氏の君はたとえようもないほど御立派な男盛りのお顔やお姿なのでした。明石の頃はたいそうほっそりした高い背格好でいらっしゃいましたのが、この頃は少し背丈に釣り合うほどにお太りになられたお姿など、これでこそ貫禄がおつきになったというもので、指貫さしぬき
の裾に至るまで、しっとりとした色気があふれ、愛嬌がこぼれ落ちるように見受けられるというのは、あまりな贔屓目ひいきめ
というものでしょうか。 あの須磨、明石の当時、免官されていた蔵人くろうど
も、今では復職していました。 靫負ゆげい
の尉じょう を兼ねて、今年従五位に叙せられているのでした。昔とは打って変わって得意そうな顔つきで、源氏の君の御太刀を受け取りにお側まで進んできました。簾すだれ
越しに明石時代の馴染の女房の姿を見つけて、 「あの頃のことを忘れたわけではありませんが、畏れ多いので御遠慮しておりました。あの明石の浦風が思い出される明け方の寝覚めを誘うにも、お便りをさしあげる手だてもなくて」 と、気取って言いますので。女房は、 「<白雲の八重やへ
立つ山> のようなこの大堰の山里の寂しさは、あの明石の浦の島隠れのような侘わび
住まいの淋しさにも劣りませんでしたので、 <松も昔の友ならなくに> の古歌のように知る人もいなくて途方に暮れておりました。お言葉をかけていただき心強く思いますわ」 などと、もったいぶった返事をします。 「たいそうな御挨拶だな、自分だってあの頃はこの女にまんざらでもなかったものだが、こう気取りかえられては」 と、興ざめな思いがして、 「いずれ、また改めて」 と、きっぱり言い捨てて、お供に参りました。 |