〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-Y』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻三) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/04/05(火) 

蓬 生 (四)

侍従じじゅう とかいいました御乳母おんめのと の娘だけが、長年お暇をいただこうともせずお仕えしていましたが、こちらと掛け持ちで通ってお仕えしていました斎院がお亡くなりになったりしまして、暮しもたちかねてたいそう心細がっていました。その頃、この姫君の母君の姉妹で、今は受領じゅりょう の妻に落ちぶれていらっしゃるお方がありました。その人が娘たちを大切に育てていて、みめよい若い女房の幾人かを抱えたがっていました。
侍従は、全く知らない所よりは、昔親たちもお出入していたこともあったのだからと思い、そこにも時々顔を出していました。
この末摘花の姫君は、前にも申しましたように人見知りの強い御性質なので、この叔母君とも親しくお付き合いをなさいません。叔母君は、
「亡き姉君は、このわたしを見下げていらっしゃって、家の恥だとお思いだったから、姫君の今のお暮らしはお気の毒だけれど、わたしからはお見舞い申し上げられません」
などと、小憎らしいことをあれこれ侍従に言い聞かせながらも、時々この姫君にもお便りしていました。
もともと生まれつきから、そうした受領のような並の身分の者は、かえって上流の方の真似をしとうと心がけて、とかく上品ぶる者も多いのですが、このお方は高貴の御血筋なのに、受領の妻にまで落ちぶれる宿運があったのでしょうか、どこか心にいや しい面のある叔母君なのでした。
「自分の身分がこんなふうに、一段低く見下げられていた意趣返しに、宮家の零落のこうした時をよいしおに、何とかしてこの姫君をわたしの娘たちの召し使にしてやりたいものだ。性質などはとんと時代おくれで古くさいところはあるけれど、この姫君ならきっと安心できる介添役かいぞえやく にふさわしいだろう」
と考えまして、
「時々わたしどもの家にもおいで下さいまし。あなたのお琴の音をお聞きしたがっている娘がございますから」
と、申し上げました。この侍従も、いつもおすすめするのですけらど、姫君は、意地を張り合う気持からではなく、ただ大変な恥ずかしがりやでいらっしゃるので、それほどお親しいお付き合いをなさらないのを、叔母君はいまいましく思っています。
そうしているうちに、叔母君の夫が大宰だざい 府の大弐だいに になりました。娘たちをみなそれぞれ縁づけておいてから任国へ赴任いようとします。
それでやはりこの姫君を何とかして誘い出そうと執念深く考えまして、
「こうしてはるばる遠くへ行くことになりました。ふだんはよくお見舞もしていませんが、お近くにいて安心だった間はともかく、これからは、あなたの心細いお暮らしが、たいそうお可哀そうで気がかりでなりません」
などと言葉巧みに言いますのを、姫君は一向に受け付けませんので、
「まあ憎らしい、もったいぶって、自分ひとりでうぬぼれていたって、そんな草茫々ぼうぼう の所に、何年も住みついていらっしゃるような人を、どうして源氏の大将殿が大切にお世話しようとお思いになるものですか」
などと、怨んだりののしったりするのでした。

源氏物語 (巻三) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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