〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-Y』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻三) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/04/05(火) 

蓬 生 (三)

そんなわけで、浅茅あさじ は庭の面も見えないほど生い茂り、蓬は軒を越さんばかりに高くのび放題です。
むぐら が西や東の御門を閉じ込めるほど茂っているのは、用心がよく頼もしいとも見えますが、崩れがちな廻りの築地塀ついじべい は、いつの間にか、馬や牛が踏みならして通り道になってしまい、春や夏になると、牧童までもがお邸の中で牛馬の放ち飼いをするという不埒さです。いったいどういう料簡なのかほんとうに無礼なことです。
八月の野分のわき が吹き荒れた年には、渡り廊下なども倒れてしまい、召し使い用の粗末な板葺いたぶき だった建物などは、骨組みだけがわずかに残っただけになりました。こうなってはもう、お邸に残る下仕えさえ住めなくて、居なくなります。朝夕の炊事の煙も絶え、悲しくみじめなことが多いのでした。
盗人などという向こう見ずな乱暴者も、見るからに貧しげなせいか、押し入っても無駄だとばかりに、このお邸を素通りして寄りつきもしません。
そのおかげでこんなひどい薮原やぶはら ですけれど、それでもやはり姫君の住まわれる寝殿の内だけは、昔の飾りつけがそのままに残されています。きれいに拭き掃除をする人もいませんので、ちり は積もっていますけれど、塵に紛れることもなく、乱れない品格のあるお住まいで、姫君は明かし暮していらっしゃいます。
たわいのない昔の歌や物語などでもお慰みになされば、所在なさも紛らわされ、こんなわびしいお暮らしでも何とかお心がなごめられるのでしょうが、この姫君はそうした方面のことにも無関心で、とんと御趣味がありません。
またことさら風流ぶるわけでもなく、これという急ぐ用事もない暇な折々に、気心の分かり合った人と手紙のやりとりなど気軽にすれば、若い人は四季折々の草木の風情につけても、心の紛れるものですが、この姫君は、父宮が大切にお育てなさったおしつけ のままに、世間は用心すべきものとお考えになって、たまにはお便りをなさらなければならばい方々へも、一向に親しくなさいません。
古びた御厨子みずし をあけて、「唐守からもり 」 「藐姑射はこや刀自とじ 」 「かぐや姫物語」 などの絵に描いてあるのを、時折の暇つぶしに御覧になります。古い歌でも、おもしろい趣向で選び編集してあって、題詞や作者をはっきりさせて、意味のよく分かるものは見所があります。
堅苦しい紙屋紙かみやがみ や、陸奥紙みちのくがみ などの古くなってけばだっているのに、ありふれた古歌が書いてあるのなどは、興ざめもはなはだしいのに、姫君はあまりにお淋しくてどうしようもない折々に、それをひろげていらしゃいます。
今の時代の人たちには、はやりらしい読経どきょう とか勤行おつとめ などということは、ただただ気恥ずかしいこととお思いになり、別に姫君のなさることを見とがめる人もいないのに、数珠じゅず などはお手にもなさいません。このように、万事が几帳面に折り目正しく暮していらっしゃるのでした。

源氏物語 (巻三) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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