澪 標
(十三) | 限りなくお心のこもったお見舞の言葉を御息所に申し上げます。御病床の御枕上に近く源氏の君のお席を設けて、御息所は脇息
にもたれかかって、お返事などを申し上げます。いかにもすっかり御衰弱の御様子なので、源氏の君は、いつまでも変わらない自分の心の内を、ついお見せすることの出来ないままに終るのではないかと、残念でならず、激しくお泣きになります。 こんなにまでお心にかけて下さっていたのかと、御息所も、すべてを限りなく悲しくお思いになり、斎宮の御事をお頼みになるのでした。 「わたくしの死後は斎宮が一人残されてさそ心細くなりましょう。どうか何かにつけお目をかけ、人並みに必ず御面倒を見てあげて下さいまし。ほかにお世話を頼める方もなくて、この上もなく可哀そうなお身の上でございます。何の力もないわたくしですけれど、もうしばらくでもこの世にいきながらえてさえおりましたなら、斎宮が何かにつけ、ものの分別がおつきになるまでお世話も出来ようかと思っておりましたのに」 と、仰せになりながらも、息も絶え絶えにお泣きになります。源氏の君は、 「そうしたお言葉がございませんでも、斎宮の御事なら、お見捨てする筈はございません。まして、この上は心の及ぶ限り、どんなことでも御後見申し上げようと存じます。その点については、決して御心配なさらないで下さい」 などと申し上げますと、御息所は、 「それがなかなか難しいことなのです。ほんとうに頼りと思う父親などがあり、後の世話を任せましても、母親に先立たれて娘は、とても不憫なものでございましょう。ましてお世話下さるあなたから、もし、御寵愛をお受けしている女君たちのようなお扱いを受けましたら、ほかの女君たちに嫉妬されたり憎まれたりして、その人たちから除の
け者もの にされるようなことも起こりかねません。いやな取り越し苦労のようですけれど、どうか決してそのような色めいた相手には、この宮をお考え下さいませんように。不幸せなわたくしの身に引き比べてみましても、女は思いもよらぬことで悲しみに打ちひしがれるものですから、斎宮は、どうかそういう色恋の悲しみからは縁のない立場にしてあげたいと願っているのです」 などと申し上げますので、源氏の君は、よくも恥ずかしいことを、こうまでむきつけに遠慮なくおっしゃるものだと、お思いになりますけれど、 「わたしもここ数年来は、「一応万事に分別がついて、心得も出来てきましたのに、相変らず昔の浮気心がまだ残っているとあえておっしゃいますのも、残念です。まあ、そのうち自然に、わたしの本心がお分かりになるでしょう」 とお話になります。いつの間にか外は暗くなり、部屋の内は、燈火の灯りがほのかに物の隙間から洩れ透けて見えます。源氏の君はみしやとお思いになって、そと几帳きちょう
の帷子かたびら の間から覗のぞ
いて御覧になりますと、ほの暗い灯影のもとに、お髪ぐし
をいかにも美しく、あでやかに尼そぎになさった御息所が、脇息に寄りかかっていらっしゃるのが、まるで絵に描いたように美しく、しみじみ心にしみる風情です。 |
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