あの明石の君は、源氏の君の一行がお通り過ぎになるのをお待ちして、その翌日が日柄
も良かったので、御幣みてぐら
を奉納し、身分相応の数々の願いなども、ともかく果たしたのでした。その後明石ではかえってまた物思いがつのって、明け暮れ、あまりの身分違いの身の上を思い嘆いているのでした。 今頃は京にお着きになられただろうかと、思う日数もたたないうちに、源氏の君からお使いが着きました。近いうちに京へお迎えするという仰せなのです。たいそう頼もしそうに、人並みに扱って下さるお言葉ですけれど、 「さあ、どうしたものか、今さらこの明石に浦から離れて、中空なかぞら
に漂うようなどちらつかずの心細いことになるのではないだろうか」 と、明石の君は悩み迷っています。父の入道も、さてとなると、源氏の君の仰せのままに手放してやるのは、たいそう気がかりで、そうかといって、こんな片田舎に、母と娘を埋もれたまま過ごさせることw考えると、かえって、源氏の君にお逢いしなかった昔の年頃よりも、今の方が心配の絶え間もないのでした。 明石の君は、何につけても不安で、上京の決心がつきかねることを、お便りに申し上げます。
そういえば、あの伊勢の斎宮も、御代みよ
替わりでお替りになったので、六条の御息所みやすどころ
も御一緒に京へお帰りになりました。源氏の君はその御息所を昔に変わらず、何くれとお見舞なさいます。それはもう世にまたとないほどのお心尽くしをなさいますけれど、御息所の方は、 「昔でさえあんなに冷淡だった源氏の君のお心なのだから、今更になってかえって後悔するような憂き目は見たくない」 と、ふっつりあきらめきっていらっしゃいます。そのお気持が伝わりますので、源氏の君もことさら御自分から六条のお邸へお見舞に伺うことは遠慮なさいます。 強いて御息所のお心を動かして、なびかせなさったとしても、自分の心ながら、この先、どう変わるかも知らず、とかく関わり合いになるようなお忍び歩きなども、今では御身分柄面倒にお思いなので、無理な首尾をしてまでもという御態度ではないのでした。ただ斎宮だけはどんなに美しく御成長なさったことかと、お会いしてみたく思っていらっしゃいます。 御息所は、今もやはりあの六条の旧邸を、たいそう立派に御修理なさいましたので、優雅なお暮しぶりをそていらっしゃいます。 風雅な御趣味は昔にお変わりなく、美しい女房たちも多く、風流な貴公子たちの寄り合う所になっていました。御息所は物寂しいようですけれども、お心の慰むお暮らしぶりでいらっしゃいました。 そのうちに急に重い御病気にかかられ、何となくですがたいそう心細くお思いになりましたので、仏事を厭う斎宮御所で長い年月暮してきたことも、恐ろしく不安に思われて、出家しておしまいになりました。 源氏の君はそれをお聞きになって、もはや色恋という筋ではないけれど、やはり、何かの折のお話相手には何よりのお方と思っていらっしゃいましやので、出家しておしまになられたことを、残念にお思いになって、驚きながら六条のお邸に駆けつけられました。
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