源氏の君は、不思議なほど姫君のことがお心にかかって、一日も早く、姫君に会いたい思いがつのります。 紫の上には、これまで明石の君のことをほとんどお話していなかったので、ほかからお耳に入ってもまずいとお思いになって、 「実はこうなのだそうです。ものごとは妙にうまくいかないものですね。子供が出来て欲しいと思うところには、一向にそんな気配もなく、思いがけないところに生れたとは、残念なことです。その子は女の子だということですから、ほんとに気に入りません。捨てておいてもよいようなものですが、そうもいきませんものね。そのうち赤児を迎えにやって、お目にかけましょう。憎まないで下さいね」 とおっしゃいますと、紫に上は顔を赤らめて、 「いやですこと、いつもそんなふうに嫉妬するなと御注意をいただくわたしの性分が、我ながらいやになりますわ。でも人を憎むことなんてことは、いつ覚えることでしょうか、あなたがそうさせたのですわ」 と、お恨みになりますと、源氏の君はにっこりなさって、 「それそれ、いったい誰が教えたのでしょうね。思いもよらない御様子をなさる。まるでわたしが考えもしなかったことを邪推して、恨み言をおっしゃって。考えると悲しくなる」 とおっしゃって、あげ句の果てには涙ぐんでいらっしゃいます。この幾年もの間、飽かず恋しく思い思われたお互いの胸の内や、折々に交し合ったお手紙などを思い出されますと、紫に上は、自分以外の女とのいきさつのすべては、源氏の君のその時々の慰みごとにすぎなかったのだと、お恨みも打ち消すお気持になってしまわれるのでした。 「この明石の人を、こうまで心にかけて見舞ってやるのは、やはり考えがあってのことなのです。でも、今からそれを話せば、またあなたが妙なふうに誤解なさるかも知れないので口に出来ないけれど」 と、途中でお話をおやめになって、 「人柄がすぐれているように感じられるのも、あんな田舎のせいか、珍しく思われたのでしょうね」 などとお話になります。しみじみと胸に迫った夕暮の塩焼く煙や、その折の女の詠んだ歌など、またはっきりとではないけれど、その夜ほのかに御覧になった女の容姿や、その人の弾いた琴の音のしみじみと優美であったことなども、何くれとなくすべてお心を惹かれたようにお話なさいます。紫の上はそれを聞くにつけても、 「お別れしていた間、わたしはこれ以上の悲しさはないと嘆いていたのに、戯れにしろ、ほかの女にお心を分けていらっしゃたのか」 と、たまらなく恨めしくお思いになって、 「あなたはあなた、わたしはわたし、別々の心なのですね」 と、背を向けてしまって、物思いに沈んだ御様子で、 「しみじみと心の通い合った昔の二人だったのに、はかない今の仲だこと」 と、独り言のように嘆かれて、 |
思ふどち
なびくかたには あらずとも われぞ煙に さきだちなまし (愛しあっているおふたりが 共になびくといわれる そちらの空でなくても
わたしひとりでさっさと 死んでしまいましょう) |
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と言われます。源氏の君はお聞きになって、 「何ということをおっしゃる。情けない」 |
誰により
世をうみやまに 行きめぐり 絶えぬ涙に 浮き沈む身ぞ (誰にため 辛い憂き世の海山を さすらいめぐり苦労して 絶えぬ涙に浮き沈み
ああこのあわれなわたしよ) |
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「いやもう、何としてでもわたしの本心を見とどけてほしいものです。ただ寿命だけは思うにまかせないもののようで、わたしの本心を見せないうちに死ぬのだろうか。つまらないことで、ほかの女の恨みを受けぬようにと思うのも、ただあなた一人のためなのに」 とおっしゃって、筝の琴をお引き寄せになり、軽く調子合わせにお弾きになります。紫の上にもお弾きになるようおすすめになるのですけれど、明石の君がお琴が上手だったというのも、嫉ましいからなのでしょうか、手もお触れになりません。たいそうおっとりして可愛らしく、もの柔らかでいらっしゃるものの、さうがにしつこいところがあって、嫉妬なさるのがかえって愛嬌があって、怒っていらっしゃるのを、源氏の君は、それも風情があって魅力的だと御覧になります。 |