そういえば、あの明石で悪阻（つわり） に悩まされ、苦しそうにしていた女君は、その後どうなっているだろうかと、お忘れになる時もないままに、公私共にお忙しいのにまぎれて、思うように様子を尋ねておやりにもなれなかったのでした。
三月の初めごろ、お産はこの頃ではないかと思いめぐらせて、人知れず不憫になられて、明石にお使いをお出しになりました。使者はすぐ帰って来て、
「十六日に、女の御子を無事御出産になろました」
と御報告します。安産の上に、珍しくも女の御子だそうなとお聞きになると、お喜びは一通りではありません。どうして京へ迎えてお産もさせなかったかと、残念にお思いになります。
いつか占い師が、
「御子三人で、帝、后かならず揃って御誕生になるでしょう。そのうちの最も運勢の劣るお子は太政大臣になって人臣最高の位を極めましょう」
と占って申し上げたことが、一つ一つ的中するようです。大体、源氏の君が最高の位に上り、天下の政治をおとりになられるだろうということは、あれほど優れた大勢の相人（そうにん） たちが口を揃えて申し上げたことでした。それをここ数年は、世間に憚（はばか） って、すべて心の中で打ち消され、諦めていらしゃったのに、当代の帝が、こうして予言通りに無事御即位遊ばしたことを、源氏の君は何よりも思いがかなって喜ばしくお思いになります。
源氏の君としては、御自身が帝位に即かれるなどという、まったくかけ離れた筋のことは、決してあってはならないこととお思いになります。
「多くの皇子たちの中でも父帝がわたしをとりわけ御寵愛くださったのに、それでも臣下にしようと御決心なさった御心中を思うと、帝位には全く縁遠い自分の運命だったのだ。今の帝がこうして御即位遊ばしたことは、帝が実はわが子という真相は、誰も露知らないけれど、人相見の予言は誤りではなかったのだ」
と、お心の中にお考えになります。現在のありさまや、将来のことを予想してごらんになりますと、
「すべては住吉の神のお導きであった。たしかにあの明石の人も、世にまたとない宿縁があって、だからこそあの偏屈者の父親の入道も、分相応な望みを抱いたのだっただろうか。そうだとすれば、将来畏（おそ） れ多い皇后の位にもつくべき人が、あんな辺鄙（へんぴ） な片田舎で生れたというのでは、いたわしくも、もったいなくもあることだ。今しばらくしてから、ぜひ都へお迎えしなければ」
とお考えになって、二条の東の院を、急いで修理するよう、督促なさいます。
あんな片田舎では、まともな乳母も見つけにくいことだろうと源氏の君はお考えになります。