〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-Y』 〜 〜
== 源 氏 物 語 (巻三) ==
(著:瀬戸内 寂聴)

2016/03/18(金) 

明 石 (二十)

源氏の君は、難波なにわ のほうにお渡りになって、御祓おはら いをなさって、住吉の明神にも、御加護のお蔭で、無事にこうして帰京出来ることになって、今までいろいろな願いを立てた願ほどきに改めて参詣することを、御使いを遣わして御報告になります。
にわか なことで、従者たちも大勢で自由もきかないので、今度の帰りの旅には御参詣は見合わされて、格別の御遊覧などなくても、急いで京にお入りになりました。
二条の院にお着きになると、都にとどまっていた人も、お供をして帰った人も、夢のような気持で再会し、嬉し泣きもし、縁起でもないほど大騒ぎしています。
紫の上も、生きていても甲斐のないものと、あきらめていらっしゃったお命でしたが、永らえてこそ、今の再会があったのだっと、どんなに嬉しくお思いになられたことでしょう。
三年の間に紫の上はたいそう美しく御成人なさって、容姿もととのわれ、都に一人御心労なさった時に、かつてはあまり多すぎてうるさかったほどの御髪みぐし が、少し落ち細っているのが、かえってたいそう美しいと、源氏の君は御覧になります。
もうこれからはずっとこうして一緒に暮せるのだと、御安心なさるにつけて、源氏の君はまた、あの飽かぬ別れを惜しんだ明石の君が、悲しみに沈んでいる様子を、痛々しくお心に思いやられるのでした。やはりいつになっても、こうした恋の道で、お心の休まる時といってはないお方なのでした。
明石の君のことなどを、紫の上に隠さずお話申し上げるのでした。その人を思い出していらっしゃる御様子が並々でなく深くお見えになりますので、紫の上はそれを御覧になっておだやかでないお気持になられるようでした。さりげないふうに <忘らるる身をば思はず> など古歌にかこつけて、ちらりと厭味いやみ を仰せになりますが、それを源氏の君はしゃれていて可愛らしいとお思いになります。
そうして逢っていても、いつまでも見飽きることのない紫の上の御様子を、どうして逢わずに長の年月過ごせたことかと、信じられないようなお気持がなさいます。それにつけても今更ながら、あの時のいきさつがつくづく恨めしく思われます。

源氏物語 (巻三) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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