御出立の明け方は、まだ暗いうちにお出ましになり、京からのお迎えの人々もがやがやととしています。源氏の君はお心も上の空でいらっしゃいますけれど、人目のない折を見はからって、 |
うち捨てて
立つも悲しき 浦波の なごりいかにと 思ひやるかな (いとしいあなたをうち捨てて この浦を発つわたしの悲しさよ 後に残されたあなたが
どうなることかと 思いやられるばかりです) |
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と、言っておやりになれば、女君からの御返歌は、 |
年経
つる 苫屋とまや も荒れて 憂き波の 帰るかたにや
身をたぐへまし (あなたの去られたあとは 長年住みなれたこも苫屋も 荒れはててゆくばかり あなたのお帰りになる後を追い
いっそ海に身を投げてしまおうか) |
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と、心に思ったままを歌にしたのを御覧になられますと、源氏の君はこらえていらっしゃても、ほろほろと涙がこぼれておしまいになります。 事情を知らない迎えの人々は、やはりこんな片田舎のわびしいお住まいでも、幾年も住み馴れていらっしゃったので、これが最後という時には、やはりこんあに悲しくお思いになるのも、ごもっともなことだと拝しています。 良清などは、女君に並々ならず御執心なのだろうと、源氏の君をいまいましく思っています。誰も皆、帰京の喜びにつけても、いよいよ今日限りでこの渚と別れるのかと感無量の気持になり、それぞれ涙を流しながら口々に嘆き悲しんで話しあうことも、いろいろあったようです。けれどもいちいち書きとめるほどのこともあるまいと思うので、省略します。 入道は、今日の旅立ちの御用意を、実に盛大に整えました。お供の人々には、下々の者にまで、旅の装束しょうぞく
を見事に用意して贈りました。いつの間にそれらを準備しておいたのだろうかと思われます。 源氏の君の御装束はいいようもなくお見事です。御衣櫃みそびつ
なども幾棹いくさお となくたくさん供人に負わせてお供させます。ほんとうに都へのお土産になさるような立派な御進物なども、いろいろ気をきかして、趣があり、何一つ行き届かないところはありません。 今日お召しになります狩衣かりぎぬ
の御衣裳に、 |
寄る波に
立ちかさねたる 旅衣たびごろも
しほどけしとや 人のいとはむ (わたしが心を込めて縫いあげた この旅のお着物 わたしの涙をしとどに吸って しめっぽいともしやあなたに
厭がられはしないかしら) |
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と明石の君がお書きになった手紙が添えてあるのに御目をとめられて、源氏の君はあわただしい中にも、 |
かたみにぞ
換ふべかりける 逢ふことの 日数へだてむ 中のころもを (形見として互いの着物を 交換しましょう また逢う日まで 長い日数にへだれられる
わたしたちの仲だから) |
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とおっしゃって、せっかく作ってくれたものだからと、その着物にお着替えになります。今までお体につけておいでになったお召物を、そっくり女君にお贈りになります。かえってこれは、また一つ女君の思い出の種を加える形見のお品となることでしょう。何ともいいようもないすばらしい移り香が、お召物にこもり匂っていますのは、どうして女君の心に深く沁し
み入らずにおりましょうか。入道が、 「もうこれまでと、きっぱり俗世を捨てた出家の身ではございますけれど、今日のお見送りのお供が出来ませんのは、まことに残念です」 などと言って、べそをかいているのも気の毒ですが、若い連中はその顔に、つ吹き出してしまいそうです。 |
世を海に
ここらしほじむ 身となりて なほこの岸を えこそ離れね (俗世間を厭い 出家してもう長い年月 この海辺に隠棲しているものの
それでもやはりおこ世の執着 断ち切れずこの世を逃れきれない) |
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「娘のことを思うと子ゆえの闇にいっそう道に迷いそうでございますから、せめて国境くにざかい
までなりとお見送りいたしましょう」 と申し上げて、 「色めいた申しようではございますが、思い出していただける折がございましたら、どうか娘に時々はお便りを下さいますよう」 などと、源氏の君のお心の中をお伺いします。源氏の君もたまらなく悲しくなられて、所どころ泣いて赤くしていらしゃるお目もとなど、何とも言いようもなくお美しくお見受けされます。源氏の君は、 「わたしとしても見捨てるわけにはいかないわけもあるようですから、そのうち、すぐわたしの気持はお分かりいただけるでしょう。ただ、この住み馴れた明石を去ることは、つらくてなりません。どうしたらよいのか」 とおっしゃって、 |
都出い
でし 春の嘆きに 劣らめや 年ふる浦を 別れぬる秋 (都を出た時のあのあの春の嘆きに 劣ることがあろうか 年ごろ住み馴れた
この明石の浦を今別れてゆく この秋の悲しみこそは) |
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と、涙をおしぬぐわれるのを拝見して、入道はますます正体もなく、涙にくれるばかりです。立ち居の動作まで悲しみの余り、見苦しいほどよろよろしております。 |