明 石
(三) | 終日、激しく荒れ狂った雷の騒ぎに、さすがに気を張っていらっしゃったものの、源氏の君はあうっかりお疲れになられたので、つい我にもなくうとうととお眠りになりました。もったいない仮の御座所
なので、ただそこにある物に寄りかかって眠っていらっしゃいますと、亡き桐壺院が、御生前そのままのお姿で、夢枕にお立ちになられました。 「どうして、このようにむさくるしい所にいるのか」 と仰せになります。源氏の君はたいそうな嬉しさに、 「畏れ多い父君のお姿にお別れ申し上げてこのかた、色々悲しいことばかりが多うございましたので、今はもうこの浦の渚に命を捨てようかと思います」 と申し上げますと、 「とんでもないことを。今度のことはただほんの少しばかりの罪の報いなのだ。自分は、帝の位のあった時、これという失政もなかったが、自分で気づかずに犯した過失があったものだから、その罪をつぐなうのにゆとりがなくて、この世のことを顧みなかった。しかしそなたがあまりにひどい苦しみに沈められているのを見ると、可哀そうでたまらず、海に入り、渚に上りして、なるばるここまでやって来た。ひどく疲れ切ってしまったが、それでもこうした機会に、帝に申し上げておきたいことがあるので、これから急いで京へ上るつもりだ」 と仰せになり、立ち去っておしまいになりました。 源氏の君はお名残惜しくて悲しくて、 「御供させて下さい」 と、激しくお泣きになって見上げてみれば、そこには誰も居ず、ただ月の面ばかりがきらきらと輝いているばかりです。夢の中のこととも思えず、まだこのあたりに亡き父院の御気配おんけはい
が留まっていられるような気がして見上げますと、空の雲まで情趣深くたなびいているのでした。 これまで何年もの間、夢に中でさえお逢いすることも出来ず、恋しく、気がかりで、お目にかかりたく思っていたお姿を、はかない夢の中ではあっても、ありありと拝見したことだけが、くっきり心にお残りになっているようで、自分がこんなふうに悲しさの極みに遭い、まさに命を失おうとしたのを、空を飛びかけて、助けに来て下さったのだと思うと、しみじみありがたく思われます。よくまああ、こうした転変地変も起こってくれたものと、夢の名残も末頼もしく、源氏の君はかぎりなく嬉しく思われるのでした。 お胸の内もいっぱいになって、夢にお逢いしたばかりに、かえってお心も乱れて、現実の悲しい境遇も忘れてしまって、夢の中にもせよ、なぜかもっと少しでもたくさんお話しなかったのかと、口惜しくて胸もふさがり、またもう一度夢でお会い出来るかと、わざと眠ろうとなさるのですけれど、今度は一向に眠れず、明け方になってしまいました。 |
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