朧月夜の尚侍
は源氏の君との一件で世間から物笑いの種にされ、たいそう萎しお
れきってふさいでいらっしゃいました。父右大臣はとても可愛がっていらっしゃる姫君なので、しきりに弘徽殿こきでん
の大后おおきさき にも、帝にも、お許し下さるようお願い申し上げましたので、正式の女御や御息所というお立場でもなし、ただ公の御用をつとめる内侍司ないしのつかさ
の長官という官職なのだからと、帝もお考え直しになられました。また、あの源氏の君との密通という憎むべき一件があったからこそ、尚侍にも参内停止という厳しい処置も定められたのでしたが、源氏の君がわらから都を去られた上はと、尚侍には再び参内のお許しが出たのでした。そうなりましても、朧月夜の尚侍のお胸の内では、やhりお心にいみついてしまった源氏の君のことばかりが、ひたすら恋しく思われるのでした。 七月になって朧月夜の尚侍は、参内いたします。帝はとりわけ深かった御寵愛の名残がまだ続いていて、人のそしりもお心にかけず、以前のように、清涼殿にずっとお召しになって、常にお側にぴったりと引きつけていらっしゃるのでした。何かにつけてお恨みになられたり、そうかと思うと、また、しみじみと愛を交されたりなさいます。帝は御姿も、御容貌も、極めて優雅でお美しいのですけれど、やはり今も源氏の君のkとばかり思いつづけている尚侍のお心の内こそ、畏れ多いことでございます。管絃のお遊びのついでに、 「こんな時に、あの人のいないのは実に淋しいですね。わたし以上にそう思っている人がさぞ多きことだろう。あの人がいないと、何事につけても光が消えたような心地がする」 と仰せられて、 「わたしは源氏の君を大切にせよという故院の御遺言のお心にそむいてしまった。きっと罪を蒙こうむ
ることだろう」 と、涙ぐんでいらっしゃいますので、朧月夜の尚侍も涙をこらえることが出来ません。帝は、 「この世の中などは、こうして生きていたところで味気ないものだと、思い知らされてみると、この世に長生きしようとはさらさら思わない。もしわたしが死ねば、あなたはどうお思いになるだろう。この間の、あの人との生き別れほどには悲しんでくれないだろうね。そう思うと嫉ねた
ましくなる。<生日のためこそ人は見まくほしけれ> といってこの世で恋しい人と共に暮さなければつまらないという歌があるけれ、あれは本当に夫婦仲のよくない人の残した歌ですよ」 と、まことにお優しい御様子で心からしみじみと思い入って仰せられますので、尚侍はついほろほろと涙をこぼしますと、 「そらそら、その涙はいったい誰のための涙なのか」 と仰せられます。 「あなたに今まで御子みこ
が生まれなかったのが物足りないことだった。東宮を、故院の御遺言通り自分の猶子ゆうし
にしようとは、今も思うけど、そうすればいろいろ不都合なことが起こってきそうなので、かえって東宮にお気の毒で」 などと仰せになります。世の中の政治を、帝の御意向を無視して執り行う人々がありますのに、帝はお若い上、強いご気性ではいらっしゃらないので、何かにつけて、ただ、困ったことだとお思いになられることも多いのです。
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