〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-X』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻二) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2016/01/25 (月) 

さか (二)

十月になると、桐壺院の病気が重くなる。院は朱雀帝に東宮のことを頼み、源氏を、自分の生前の時と同じに大切に朝廷の後見役として扱うように遺言して崩御する。
四十九日もすぎた年の瀬、藤壺の中宮は院の御所を出て、三条の里に移る。
諒闇りょうあん の新年、朧月夜の君は尚侍ないしのかみ になり、帝は他の誰よりも寵愛する。朧月夜の君はまだ源氏が忘れられず、相変らず内密に文通をつづけていた。権勢は急速に右大臣側に移り、弘徽殿の大后は、これまでの屈辱の復讎ふくしゅう を露骨に遂げようとする。帝は気が弱く、強い母后や祖父右大臣の言いなりで源氏や左大臣家は目に見えて圧迫され、天下の権勢はすっかり右大臣に移る。
源氏はそんな中で、昔出逢った弘徽殿の細殿で朧月夜と危険な密会をする。帝はふたりの仲を知りつつも、見過ごしてとがめない。帝の心には伊勢へ下った若い斎宮の俤がやきついていた。
桐壺院の死によって、源氏はいっそう情熱的に藤壺に迫り、三条の宮邸でまた密会する。藤壺はその懊悩おうのう のため心悸昂進して、気を失う。源氏は尚も執拗に迫るが、藤壺の強い拒否に遭い、悲嘆のあまりすねて雲林院うんりんいん に籠る。
年末、桐壺院の一周忌の法要の後で、藤壺は突然出家得度し落飾する。源氏を拒み、二人の不倫の子、東宮の身を守るために、選んだ藤壺の悲愴な決断であった。寝耳に水だった源氏は誰よりもより強い衝撃を受ける。年が明け、藤壺や源氏や左大臣の人々は、すべて昇進をはばまれ、ますます右大臣一統ののさばる世間の趨勢が決まっていく。
藤壺はひたすら東宮のためにだけ、すべてを耐え忍び勤行ごんぎょう に明け暮れる。
左大臣は辞職し、源氏や頭の中将は、ほとんど朝廷にも出仕せず、詩作などで心をまぎらしていた。
夏、病気のため右大臣邸に里帰りしていた朧月夜と、源氏は大胆にも右大臣邸で毎夜のように密会をつづける。弘徽殿の大后もその頃同じ里邸にうたので、危険この上もない。
そんなある夜、凄まじい豪雨と雷鳴があった。その夜も朧月夜と忍び逢っていた源氏は、夜明け、雷鳴に脅えた女房たちが、大勢朧月夜の部屋に逃げ込んで来たので、帳台から出られなくなってしまった。
密会の事情を知っている二人の女房だけが、ひそかに気を揉んで途方に暮れている。
そこへ右大臣が突然見舞いに来て、いきなり部屋の中に入って来た。せかせかと見舞を云う右大臣の声に朧月夜は気も動転して、そっと帳台から出て父大臣の前に出ると、その衣裳の裾に男帯がからまったまま引きずられている。
その上、几帳の下には源氏の畳紙たとうがみ が落ちていて、それには明らかに源氏の書いた字が記されている。愕いた右大臣が帳台を覗き込むと、源氏が臆面もなく寝乱れた姿で横になっている。あまりの事態に逆上した右大臣は、前後の見境もなく、大后にすべてを告げてしまった。激怒した大后は、今度こそ、これを源氏の失脚の口実にして一挙に源氏を抹殺しようと計るのだった。ドラマティックな事件が次々展開していくこの帖は、小説の醍醐味を味あわせてくれる。

源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
Next