賢
木 (十二) | ここ何年かは、少しは中宮への切ない思いを紫の上でまぎらして忘れていらっしゃったのですけれど、呆れるばかりお二人がよく似ていらっしゃるのを御覧になるにつけても、源氏の君は、あの紫の上がいらっしゃるのが、少しは物思いを晴らすよすがになるようなお気持がなさいます。 中宮のあくまで典雅な、気おくれするようなお美しさなども、まるでお二人が別人のようにも思えないのですが、やはり久しい以前から、恋い慕ってきたお心が、そい思わせるのでしょうか、この中宮の方が、格別にお美しく、年とともに貫禄もおつきになって、女ざかりのお美しさは、ほかに比べるものもないすばらすさだとお思いになります。 するとまたもや、お心が惑乱してきて前後の見境もなくなり、そうっと御帳
にからまるようにして中にお入りになりました。 ご自分のお召物の褄つま
をそっと引き、衣ずれの音をお立てになります。たちまち源氏の君だと明らかに分かる芳香が、さっとあたりに匂いわたりましたので、中宮は呆れて気味が悪く恐ろしくなって、そのままその場にうつ伏してしまわれました。 「せめてこちらをお向き下さい」 と、源氏の君は辛く恨めしい思いでお躯からだ
をお引き寄せになりますと、中宮はお召物をするりと脱ぎすべらせて、膝をついたままお逃げになりました。 ところが思いもかけず、源氏の君のお手の中に、お召物と一緒に黒髪までしっかりと握られていましたので、逃れられない宿縁の深さが今更思い知らされて悲しく、つくづく情けなくお思いになるのでした。 源氏の君も、これまでの長い年月、こらえにこらえて来た恋情が一挙に堰せき
を切り、すっかり惑乱なさいます。まるで正気をなくされたよyに、この悲恋の切なさと、お怨みのあろったけを、泣く泣く訴えられるのでした。 中宮は心の底からつくづくいとわしくお思いになられて、一言のお答えもなさいません。ただ、 「気分がとても悪いものですから、こんなふうでない時にでも、お話いたしましょう」 と、おっしゃいますけれど、源氏の君は、お耳も貸さずひたすら御自身の尽きない恋の思いのたけを言いつのられるばかりでした。その中には、さすがに中宮のお胸にしみてお心を打たれることなどもあったことでしょう。 かつて、ふたりの間にそうした秘密が全くなかったわけではありませんけれど、今またこうなって、過ちをくり返すことになれば、中宮はたまらなく口惜しくお思いになりますので、おやさしく情の深い風情もお見せになりながらも、うまく言い逃れなさって、今宵もようやく明けてゆくのでした。 源氏の君も無理強いにお言葉にさからうのも恐れ多く、中宮の気高い御態度に、さすがに恥ずかしくなられて、 「せめて、ただこんなふうにでも、時々お目にかからせていらだき、切ないこの悲しみさえ晴らすことが出来ますなら、どうして大それた了簡など起しましょう」 などと、油断をおさせするようなことを申し上げるのでした。ありふれたことでも、このお二人のような仲では、胸にせまるような切なさもひとしをまさるようですのに、まして今夜のような場合は、たとえようもなく哀切なお気持なのでした。 |
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