賢
木 (十一) | 中宮の御病気に驚いて、女房たちが駈けつけて、あわただしくしきりに出入しますので、源氏の君は我を忘れて呆然
としている間に、塗籠ぬりごめ
の部屋に押し込められていらっしゃいます。君の投げ捨てておかれたお召物を取り集めて隠して持っている王命婦や弁も、気が気ではありません。 中宮は、なにもかもがあまりにおつらいとお思いつめになられたので、心気がおのぼせになって、いそうお苦しみになられます。 兄君の兵部卿の宮や中宮の大夫などが参上して、加持祈祷かじきとう
のために、 「僧を早く呼びなさい」 などと騒いでいるのを、源氏の君は塗籠の中で、とてもやるせない思いで聞いていらっしゃいます。ようようのことで、日の暮れかかる頃に、中宮の御容態は、落ち着かれたのでした。 源氏の君がまさこうして塗籠に中にいらっしゃるとは、中宮は思いもよられず、女房たちも、二度とお心を乱すまいとして、これこれの次第ですとも、申し上げなかったのでしょう。やがて、中宮は昼の御座所ににじり出ていらっしゃいました。 御気分がよくおなりのようだと言うので、兵部卿の宮も御退出なされ、中宮のお前も人少なになりました。 いつもお身近にお使いになられている女房は少ないのですが、それでもそこやここの几帳や屏風びょうぶ
のかげなどに身をかくして控えております。王命婦などは、 「どう工夫して源氏の君を塗籠からお出しすればいいのかしら。今夜もまた、中宮がおのぼせなさるとおいたわしくて」 など、弁とひそひそ囁ささや
きあっています。 源氏の君は塗籠の戸が細目に開いていたのを、そうっと押し開けて、屏風の立っている隙間をつたってお部屋にお入りになりました。昼の光の中でお逢いするのが珍しくて、嬉しさにあふれ出る涙の中から、中宮のお姿を拝するのでした。中宮が、 「ああ、まだ、とても苦しい。もうわたくしの命はおしまいなのかしら」 ごおっしゃって、外の方を眺めていらっしゃる横顔は、言いようもなくなまめかしく見えます。 「せめてお果物でも」 と、女房たちがさしあげます。箱の蓋ふた
に、さも美味おい しそうに盛られた果物に、中宮は見向きもなさいません。 源氏の君との仲を、たいそう思い悩まれる御様子で、ひっそりと物思いにいらっしゃるお姿が、とても痛々しく見えます。お髪ぐし
の生え際や、頭のかたち、肩や背に黒髪がふりかかった御様子や、この上もない匂いやかなお美しさなど、ただもう、あの西の対の紫の上と、そっくりなのでした。 |
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