前庭の枯れた下草の中に、龍胆
、撫子なでしこ などが咲いているのを、源氏の君は折らせて、頭の中将がお帰りになった後、若君の乳母の宰相さいしょう
の君きみ をお使いにして、大宮へお届けになりました。
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草枯れの まがきに残る
撫子を 別れし秋の 形見とぞ見る (草の枯れた垣根に 残って咲いている 撫子を見ると 亡き人の形見の 若君が恋しくて) |
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「親より色が劣っていると御覧になるのでしょうか」 ほんとうに若君の無心な笑顔は、何とも言えずお可愛らしいのです。大宮は、吹く風につけても、木の葉よりもいっそうもろくなっていらっしゃるお涙が、まして源氏の君のお手紙を見てはこらえかねて、おふれ落ちます。 |
今も見て
なかなか袖を 朽すかな 垣ほ荒れにし やまとなでしこ (今も若君を見て かえって落ちる涙に 袖も朽ちるほど 垣根も荒れはて
哀れな撫子よ) |
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と、お返事がありました。 源氏の君は、独居がやはりまだ、たいそう所在なくお淋しい思いでした。朝顔の姫君だけは、今日の夕暮れのしにじみしたもの悲しさを何と言ってもよく分かってくださるだろうと推量できるお方なので、すっかり暮れきっていましたが、お便りをなさいます。お便りの絶間がいつのまにか長くなっていましたが、時々思い出したようにお手紙が来るのに馴れていましたので、女房たちは格別気にもせず、姫君に御覧に入れました。空色の唐の紙に、 |
わきてこの
暮こそ袖は 露けけれ もの思ふ秋は あまた経ぬれど (とりわけ今日の夕暮は 悲しみに涙もしとど 袖も濡れそぼち 悲愁に沈む秋は
多く過ぎてきたけれど) |
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「時雨は毎年降りますけれど」 とあります。御筆跡など心をこめてしたためていらっしゃるのが、いつもよりいっそうお見事なので、このまま御返歌なしではすまされないでしょうと、女房たちも言いますし、姫君御自身もそうお思いになりましたので、 「御服喪でお籠もりきりの御様子を、お察し申し上げておりますけれど、どうしてお便りが出来ましょうか、御遠慮申し上げております」 と書いて、 |
愁霧に
立ちおくれぬと 聞きしより 時雨しぐ
るる空も いかがとぞ思ふ (秋霧の立ちこめる頃 北の方の御逝去を聞いてより 時雨の空を仰ぐ度 残されたあなたのお悲しみ
いかばかりかと切なく) |
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とだけ、ほのかな墨色で書かれたのが、姫君のお筆蹟て
と思うせいか、奥ゆかしく心惹かれるのでした。 何事につけても、予想以上に後からよく見えてくるとというのは、滅多にこの世の中に、自分に冷淡な人ほど御執心がつのるのが、源氏の君のお心癖なのでした。 「朝日の姫君は、いつもすげない御態度だけれど、しかるべき折節のしみじみした風情をお見過ごしにはなさらない。こういう人こそ、お互いに末永く最後まで愛情も保ってゆけるだろう。それでも、教養や風流の度が過ぎて、人目に立つほどになると、よけいな欠点も出てくるというもの。西の対の若紫の姫君は、そんなふうには育てまい」 と、思われるのでした。その姫君が退屈していて、自分を恋しがっているだろうと、いつもお忘れになる時はないのですけれど、まるで女親のない子を邸に残してあるような心持がして、逢わない間が気がかりでなりません。 それでもまだ、姫君が自分を、怨んだり嫉妬したりしていないかなどと、案じないですものは、いたってお気が楽なことでした。 |