葵
(七) | 六条の御息所は、この頃深くお悩みになって、お心の苦しみ乱れることが、この数年来よりもはるかに多くなってゆくようでした。源氏の君のお心はすっかりはなれてしまったものと、諦めきっていらっしゃいます。今はもう、これまでと伊勢にいってしまうのは、何といっても、ひどく心細いにちがいないし、世間の噂にも、物笑いにされるだろうと、お気に病んでいらっしゃるのでした。けれどもこのまま都に留まるようなお気持にもなれません。あの車争いの時のように、これ以上の屈辱はないほど、世間の人に侮
られ見下げられているかと思うと口惜しさに我慢がなりません。海で釣りをする海人あま
の浮う きのように揺れ動いて自分の心を決めかね、迷いぬいて、寝ても覚めても悩みつづけていらっしゃいます。そのせいか御気分も、正気しょうき
が失せたようにぼうっとなさり、お体の具合も悪くなられました。 源氏の君は、御息所の伊勢下向については、わざと避けたまま、そんなことはお止や
めになった方がいいとも、干渉なさらずに、 「わたしのようなつまらない者をお嫌いになって、捨てて行かれるのもごもっともですが、今はまだ話にもならないつまらないわたしでも、最後まで見とどけて下さいますのが、浅くない愛情ではないでしょうか」 と、持って廻ったふうに、からんで申し上げられますので、行こうか行くまいかと定めかねていらっしゃいます。そうしたお気持も慰むことがあろうかと、お出かけになられた御禊の日の、車争いの荒々しい事件に、御息所のお心はいっそう何もかも辛くなり、つくづくふさぎ込んでおしまいになるばかりでした。
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