今日も見物の車が隙間もなくびっしりと立て込んでいます。馬場の殿舎のあたりで、車の立て場に困って、 「ここは上達部の車が多くて、騒々しい所だね」 と、源氏の君がためらっていらっしゃると、かなり上等の女車に、たくさんの女房たちが乗り込み、袖口などが派手にこぼれて出ている中から、扇をさし出して、源氏の君のお供を招き寄せる者がいます。 「こちらにお車を止められませんか。場所をお譲りいたしましょう」 と、その女は申し上げるのでした。源氏の君は、どういう色好みの女だろうかと興味をそそられ、場所もとてもいい所だったので、御自分の車をそこへお近づけになられました。 「どうしてこんないい場所をお手に入れられたのですか、羨ましいことです」 と、言っておやりになりますと、しゃれた檜扇
の端を折って、 |
はかなしや
人のかざせる あふひゆゑ 神のゆるしの けふを待ちける (人のものになった あなたとも知らず 今日の葵祭こそ 神に許され逢える日と
待ちかねていたはまなさよ) |
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「注連しめ
をはったようなお車の中には、入っていかれませんわ」 と書いてある字を御覧になりますと、あの色好みの典侍ないしのすけ
なのでした。何と呆れたものだ。年甲斐もなく、いつまで若やいでいるのかと、憎らしくなり、そっけなく、 |
かざしける
心をあだに 思ほゆる 八十やそ
氏人うぢびと に なべてあふひを (葵をかざし逢瀬の今日を
待っていたあなたの心こそ はかないものを 今日は誰と逢ってもいい 葵祭なのだもの) |
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と、返しをされました。女はずいぶんお言葉だと、恨めしく思いながらも、 |
口惜くや
しくも かざしけるかな 名のみして 人頼だの
めなる 草葉ばかりを (逢いたいばかりに 葵をかざしたりして 逢う日だなんて名ばかりの 草の葉にすぎないのに 葵だなんてええ口惜しい) |
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と、お返ししました。 源氏の君が、誰か女の人と相乗りして、車の簾さえ巻き上げないでいらっしゃるのを、嫉ねた
ましく思う女たちが多いのでした。 「御禊ごけい
の儀式の日には、威儀を正してずいぶん御立派だったけれど、今日はまた、すっかりくつろいだ御様子でお出かけなさっていらっしゃること、一体誰なのかしら、お車の中の女ひと
は、相乗りするほどですもの、相当のお方なのでしょうね」 など、人々は当て推量しています。 「張り合いのない歌のやりとりをしたものだ」 と、源氏の君はつまらなく馬鹿げたことをしたとお思いになりますが、源の典侍のように厚かましくない人だったら、源氏の君が誰かと相乗りされていらっしゃるのに気おくれがして、たとえその場限りの御返歌でも、気安く申し上げるのも、面映いことでしょう。 |