源氏の君は、頭の中将に見つけられてしまったことを、ひどく口惜
しく思われながらお寝やす みになりました。 典侍はすっかり呆れ果てた気がして、あとに落ちていた指貫さしぬき
や帯などを、翌朝、源氏の君にお届けしました。 |
恨みても
いふかひぞなき たちかさね 引きてかへりし 波のなごりに (お二人が次々立ち現れ 波の引くように揃って 帰られた名残惜しさ
恨んでも恨みたりない 甲斐もないとは知りながら) |
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「涙も涸か
れ、涙川の底もあらわになってしまいまして」 とありました。源氏の君は、何という厚かましさよと御覧になり、典侍を小面憎こづらにく
く思うのですけれど。昨夜、典侍が途方に暮れていたのもさすがに気の毒なので、 |
あらだちし
波に心は 騒がねど 寄せけむ磯を いかがうらみぬ (荒々しく寄せて来た 波のようなあの人の急襲に 心は一向騒がないが 波を寄せつけた磯の
あなたを恨むまいことか) |
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とだけ言っておやりになります。 帯びは頭の中将のものでした。御自分の直衣よりは色が濃いようだとよく御覧になりますと、直衣の端袖はたそで
が破れちぎれてありません。 「まったく何と見苦しいことだ。情事にうつつを抜かすものは、なるほどとんだ醜態を演じることも多いだろう」 と、いよいよ自重しなければと。お気持を改められます。 頭の中将は宮中の宿直所とのいどころ
から、 「これをまずお縫いつけなさいませ」 と言って、ちぎれた端袖を包みかくして寄こされましたので、どうやって取っていったのだろうと、いまいましくお思いになります。 この頭の中将の帯をこちらに取っていなかったら、さぞ口惜しかっただろうとお思いになって、その帯と同じ縹色はなだいろ
の紙に包んで、 |
仲絶えば
かごとや負ふと あやふさに はなだの帯は 取りてだに見ず (あななたちの仲が もし絶えたなら わたしに帯を取られたせいと
恨まれそうに心配なので はなだの帯には手も触れない) |
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と言っておやりになりました。折り返して、 |
君にかく
引き取られぬる 帯なれば かくて絶えぬる なかとっこたむ (あなたにこうして 引き取られた帯なので わたしたちの仲はこうして
絶えてしまったと お恨みしましょう) |
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「覚悟なさいませ」 ろいう返歌が来ました。 日が高くなってから、お二人ととも清涼殿せいりょうでん
に参上なさいました。源氏の君はすっかり取り澄まして、昨夜のことなど忘れきったふりをしていらっしゃるのが、頭の中将はとてもおかしくてなりません。 それでも頭の中将もその日は公事が多くて、奏上したり宣下せんげ
したりする日なので、ひどく威儀を正して、真面目くさっているのです。源氏の君もそれを御覧になってお互いに眼を交しますと、ついにやにやしてしまいます。 人目のない時を見はからって、頭の中将が寄って来て、 「内緒事はお懲りになられたでしょう」 と、横目で憎らしそうに睨みますと、 「いやいや、そんなことはないさ、せっかく忍んで行ったのに、何もせず帰っていったお人こそ、お気の毒様、しかし実際、人の口はうるさいものですよ」 と話し合って、<名取川いさと答へよわが名もらすな>
の歌のようにお互い他言無用と口どめしあったことでした |