さて、その後は、何かの事のついでには、頭の中将があの一件を、からかいの種にしようと持ち出されますので、源氏の君は、これのあの厄介な典侍のせいと、後悔なさったことでしょう。 典侍は、その後もやはり色気たっぷりに恨みごとを言って来るので、源氏の君は面倒なと困っていらっしゃいます。 頭の中将は葵の上にも告げ口しないで、ただ何かの折に、源氏の君をやり込める種にしようとの魂胆
なのでした。 高貴な方を母君となさる親王みこ
たちでさえ、源氏の君を帝がこの上なく御寵愛遊ばすのに御遠慮され、特にお気をつかっていらっしゃるのに、この頭の中将だけは、決して源氏の君に負けまいとして、ほんの些細ささい
なことでも、対抗意識を燃やしていらっしゃいます。 左大臣の御子たちのなかで、この頭の中将だけが、葵の上と同じ母宮の御兄妹なのでした。 「源氏の君が帝の御子というだけの違いではないか。自分だって同じ大臣というなかでも、とりわけ帝の御信任の厚い左大臣の子で、その上、母は内親王なのでこの上なく大切に育てられて来たから、源氏の君にどれほぢ劣ったところがあろう」 と、自負していらっしゃるのでしょう。人柄も非の打ちどころなく御立派で、万事理想的に整っていて、欠点のないお方なのでした。このお二人の間のいろいろな競争には、おかしなことが多いのでしたが、まあ、うるさくなりますから話さずにおきましょう。
七月には、藤壺の宮が中宮にお立ちになられたようでございます。源氏の君は宰相さいしょう
におなりなさいました。 帝は御譲位のお心づもりでおいおい準備をおすすめになっておられます。御譲位の後は、藤壺の中宮のお産みになられた若宮を、東宮にと思し召されますけれど、御後見なさる方がおいでになりません。御母方おんははがた
は、皆親王みこ ばかりで、皇族は、政治に関係なさる筋合いではございませんので、せめて母宮だけでも、中宮というゆるぎない地位にお据えして、若宮のお力添えにと思し召されたのでした。 こうした成り行きに、弘徽殿の女御はいよいよお心が穏やかでなく、不安な思いになるのもごもっともなことでございます。帝は、 「もうすぐ東宮の御代みよ
になるのだから、御生母のあなたが皇太后になられるのは間違いありません。安心していらっしゃい」 とお慰めになられるのでした。たしかに東宮の御母として二十余年にもおなりになるこの女御をさしおいて、ほかのお方を中宮にはなさりにくいことだったと、例によって、世間の人々も穏やかでないようにお噂するのでした。 藤壺の中宮が入内じゅだい
なさる夜は、源氏の君もお供の役をお勤めになります。同じ中宮と申し上げる中にも、先帝の后を御母とする内親王でもあられる上に、玉のような若宮も光り輝いていらっしゃるし、帝の御寵愛はたぐいみないお方なので、人々も格別なお方として、藤壺の中宮をこの上なく崇あが
め奉って、御奉仕申し上げております。 ましてせつない恋にさいなまれていらっしゃる源氏の君は、中宮のお乗りになっている御輿みこし
の内ばかりが思いやられて、いよいよ及びもつかないような遠いお方になってしまわれたと、たまらなくお悩みになるのでした。 |
尽きもせぬ
心の闇に くるるかな 雲居くもゐ
に人を 見るにつけても (はてしもない心の闇に 悲しみのあまり目もくらみます はるかな雲居のひとになり いよいよお逢いできない
あなたを見るにつけても) |
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とばかり、ひとり言のようにつぶやかれ、何かにつけてもせつない思いが身に沁し
むのでした。 若宮は御成長あそばす月日とともに、ますます源氏の君に似ていらっしゃって、お見分けしにくいほどなのを、藤壺の宮はたいそうお気に悩んでいらっしゃいますけれど、それと気づく人もいないのでしょう。 ほんとうに、どのようにつくり替えたところで、源氏の君に劣らない御器量の方が、またとこの世にお生まれになることがあるでしょうか。けれどもこのお二方は、あまりに似ていらっしゃるので、月と日が大空に並んで光り輝いているようだと、世間の人々も思っているのでした。 |