〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-X』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻二) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2016/01/05 (火) 

紅 葉 賀 (十二)

こんなふうにして、姫君に引き止められておしまいになる折々も多いことを、自然に漏れ聞いた人が、左大臣家にお知らせしますので、女房たちは、
「一体誰なのでしょうね、ほんとに心外なことですわ、失礼じゃありませんか。今まで誰とも素性も分からないのに、そんなふうに源氏の君にくっついてばかりいて甘えたりするようなのは、どうせ上品な教養のある人ではないでしょうよ。宮中あたりで、ふとお目にとまった女を、ご大層にお扱いになって、世間からとやかく言われないように隠しておいでになるのでわ。まだ分別もつかない、さも幼い人のように言いふらしていらっしゃるのもきっとそのせいですよ」
などと、噂し合っています。
帝も、そういう女がいるとお聞きになられて、
「左大臣が気の毒に。心配して嘆いておられるというのももっともなことだ。まだそなたが頑是がんぜ なかった頃から、あれほど夢中になって熱心に心を尽くして後見してきた左大臣の気持がどんなものか、それぐらいのことが分からぬ年頃でもあるまいに、どうしてそんな薄情な仕打ちをするのか」
tp仰せになります。それには、源氏の君もひたすら恐れ入った御様子でお返事も申し上げられません。
帝は左大臣の姫君葵の上が気にそわないのだろうと、源氏の君を可哀そうにも思し召されます。
「そうかといって、情事にうつつをぬかして乱行しているふうでもなく、ここにいる女房とも、またあちらこちらの女たちなどとも、深い仲になったというふうにも見せず、噂も聞かないようだが、いったいどういう物陰を隠れ歩いて、そう人に怨まれるようなことをするのだろう」
と仰せられます。
帝はもうかなりのお年でいらっしゃいますけれど、この方面のことは、今なおお捨てにならず、采女うねめ女蔵人によくろうど などでも、美しい女や才気のある者を殊にお喜びになられますので、この頃は教養の豊な女房たちが揃っているのでした。
源氏の君が少しでもからかってごらんになれば、そ知らぬふりをするという女はほとんどないので、もう目馴れて珍しくもなくなられたのでしょうか、ほんとうに不思議なほど、女に興味を持たれないように見えます。
試しにこちらから誘いかけるようなことを申し上げてみたりする女房も時にはあるのですけれど、源氏の君はそんな時、相手の気分をこわさない程度にあしらって、実際には深入りなさらないのを、真面目すぎて物足りないと思う女房もあるのでした。
たいそう年をとった典侍ないしのすけ で、家柄もよく才気もあり、上品で、人々から尊敬されていながら、ひどく好色な性分で、そちらの方面では軽々しい女がいました。 こんな年をとってもどうしてそう好色なのかと、源氏の君は好奇心をそそられましたので、冗談めかして誘いをかけてごらんになりますと、典侍は大真面目で不釣合いとも思っていない様子です。あきれたことだとお思いになりながら、それでもこんな女も面白くて、情事のお相手になされたこともありましたが、人に知られても、あまり相手が年寄りすぎ体裁が悪いので、その後はつい、よそよそしい態度をお取りになるのを、女はたいそうつれ ないと悲しんでいます。

源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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