〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-X』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻二) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2016/01/04 (月) 

紅 葉 賀 (九)

四月には若宮は参内遊ばされました。御誕生三月みつき という日数にしては、大きくなられていて、そろそろ起き返りなどなさいます。呆れるほど源氏の君にそっくり生き写しの若宮の顔つきを御覧遊ばされ、帝は本当のわけは想像もお出来にならないことなので、他に比べる者もない美しいもの同士というのは、なるほどこんなによく似ているのだろうとお思いになられるのでした。
帝は若宮を限りもなく御寵愛なさいます。源氏の君をこの上もなく愛しておいでになりまふぁら、世間の人が承服しそうになかったため、東宮にもお立てにならずにしまったことを、いつまでも残念に思し召していらっしゃいました。源氏の君が臣下としてはもったいない御容姿に成長なさったのを御覧になるにつけても、不憫ふびん にお思いでした。そこへ、こうした御身分の高貴なお方を母君として、同じように光り輝く御子が御誕生になりましたので、この若宮こそは何の傷もない玉とばかり思し召されて大切に御養育なさいます。それにつけても藤壺の宮は、お心の晴れる暇もなく、不安な物思いに沈まれるばかりでした。
いつものように、源氏の君が、藤壺の宮のところで、管絃の御遊びなどがあるのに来合わせていらっしゃいますと、帝は若宮をお抱きになってお出ましになり、
「皇子たちは沢山いるけれど、そなただけを、こういう幼い頃から明け暮れ側に置いて見ていたものだ。そのせいでその頃のことが思い出されるからだろうか、この子は実にそなたに似ている。ごく小さい間は、みんなこんなふうなのだろうか」
と仰せになって、可愛くてたまらないと思し召していらっしゃる御様子でした。
源氏の君は顔色の変わる心地がして、恐ろしくも、もったいなくも、嬉しくも、あわれにも、さまざまな感情が胸のうちに湧き移るようで、涙がこぼれそうになります。
若宮が何か声をあげて、笑っていらっしゃるお顔が、空恐ろしいほど可愛らしいので、源氏の君は自分がほんとにこの若宮に似ているのなら、わらながら自分をたいそう大切にしなければとお思いになるものの、あまりといえば思い上がったお心というべきでしょうか。
藤壺の宮は、とてもおつらく居たたまれない思いに、汗もしとどになっていらっしゃいます、源氏の君は、若宮にお会いになって、かえっていっそうつらくなり、お心がかき乱れるようなので、御退出なさいました。
源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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