源氏の君は、王命婦にたまたまお会いになって、せつないお心を言葉に尽くして訴え、手引きをお願いになるのでしたが、何の甲斐もあるはずがございません。若宮のことを無性に御覧になりたいとおせがみになるので、 「どうして、そんなご無理をおっしゃるのでしょう。そのうち参内の時に御対面遊ばされることでしょうに」 と王命婦は申し上げるものの、心の内では源氏の君に劣らない切なさがあふれているのでした。人に知られては困りますのであからさまにはおっしゃれないで、 「どんな世の中になったら人伝でなくお話が出来るのだろう」 と、源氏の君がお泣きになる御様子のおいたわしさ。 |
いかさまに
昔結べる 契りにて この世にかかる 中の隔てぞ (いったい前世で ふたりはどんな 約束をしたせいで もうこの世で 逢えない仲なのか)
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「こんなことはとても納得出来ない」 とおっしゃいます。王命婦も、藤壺の宮が思い悩んでいらっしゃる御様子などを拝見しておりますだけに、源氏の君をそうすげなく突き放すわけにもまいりません。
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見ても思ふ
見ぬはたいかに 嘆くらむ この世の人の 迷
ふてふ闇 (若宮を御覧になる 藤壺の宮のお嘆きの深さ 御覧になれないあなたの よりさらに深いお嘆き これこそ子ゆえの親心の迷う闇) |
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「お気の毒に、何とお悩みの絶え間もないお二方ふたがた
でいらっしゃいましょう」 と、人目を忍んで申し上げました。 いつもこんなふうで、藤壺の宮にはお心の訴えようもなくて、源氏の君はむなしくお帰りのなります。藤壺の宮はこうした源氏の君の密かな訪れが、人の口の端にかかっては困るので、王命婦をも、前にお目にかけられたようには、気をお許しにならず、よそよそしくなさいます。人目に立たないよう、つとめて自然な態度で接しては下さいますものの、お気に入らないと思っていらっしゃる時もおありの御様子なので、王命婦はたいそう辛く、心外な気持もして悲しんでいるようでした。 |