若紫の姫君の乳母
の少納言は、 「姫君は何という思いもかけない幸運な御縁に恵まれたこと。これも亡き尼君が、姫君のお身の上をご心配になられて、み仏のお勤めの折にも、いつもお祈りなさっていられた御加護であろうか」 と、思うのでした。 それにしても左大臣邸には葵の上が御立派な北の方としていらっしゃるし、あちこちにもかかわりのある女君たちがたくさんいらっしゃるから、姫君が女らしく成人なさった暁には、面倒なことも起ころうかと案じられます。こうして源氏の君がとりわけ大切になさり、姫君を御寵愛ごちょうあい
なさるのは、やはり乳母の少納言にとっては末頼もしい限りなのでした。 祖母君のための喪服は、母方は三月みつき
だからと、十二月末にはお脱がせになりました。 姫君は母君も亡く、祖母君に育てられたお方なので、着替えられた御衣裳も派手ではなく、紅くれない
紫、山吹などの色で無紋に織りあげた小袿こうちき
などをお召しになられた御様子などが、いかにも現代風で可愛らしいのでした。 元日には、源氏の君は元旦の拝賀に参内なさるというので、その前に姫君のお部屋を覗のぞ
かれました。 「今日からは一つ年をとられたから大人らしくなりましたか」 とにこやかにおっしゃいます。その源氏の君の笑顔がそれは魅力的で、愛情深くお見えになります。 姫君はいつの間にか、もうお人形を並べたてて忙しそうにいていらっしゃいます。三尺の対つい
の御厨子みずし の中に、人形の道具類をたくさん飾り並べた外に、源氏の君が小さな御殿をたくさん作ってさし上げたのを、あたりいっぱいに広げて遊んでいらっしゃるのです。 「晦日みそか
の晩に鬼を追い払うといって、犬君いぬき
がこれを壊してしまったの。今、直しているところ」 といって、それがさも大事件のように思っていらっしゃるのです。 「ほんとにまあ、不注意なことをしでかしましたね。すぐ直させましょう。今日はおめでたい元日だから不吉な言葉を言ってはだめですよ。お泣きになってもいけませんよ」 と、おっしゃってお出かけになる源氏の君のお姿は、あたりを払うよに御立派でした。 女房たちは御簾みす
ぎわに出てそんな源氏の君を拝見していますと、姫君も出て来られて御覧になります。しぐ、人形の中の源氏の君ときめているのを着飾らせて、参内させる真似などなさいます。少納言は、 「せめて今年からは、少しは大人らしくおなり遊ばせ。十を過ぎた人はお人形遊びなどはもうしてはいけないといわれています。もう婿君もおありなのですもの、少しは奥方らしくおしとやかにお相手なさらないといけません。お髪ぐし
をお梳と きする間もいやがられるのですもの」 など申し上げます。 姫君が遊びにばかり熱中なさるのを、これでは恥ずかしいとお思いになるようにと、御注意するのですが、姫君は心の中で、 「それじゃわたしは夫を持っていたのね。この女房たちの夫というのはみな醜い者ばかりなのに。わたしはあんなに美しく若い夫を持ったのだわ」 と、今ようやくお気づきになるのでした。いくら子供っぽいとはいえ、何といってもお年を一つおとりになられたしるしなのでしょう。 こんなふうに姫君の稚おさな
さが、ことに触れて目につきますので、二条の院の女房たちも、何だかおかしいと思う点もありながらも、まさか、夫婦の契りもない添い寝のお相手だろうとは想像も出来ないのでした。 |