紅
葉 賀 (三) | 藤壺の宮はこの頃、お里邸に御退出になっていらっしゃいます。源氏の君は例によって、もしかしたらお逢いする機会がないものかと、御様子をさぐり歩くのに夢中なので、御無沙汰つづきの左大臣家からは、何かとうるさく言われていらっしゃいます。 その上、あの若草のような若紫の姫君を尋ね出し、お引取りになったのを、 「二条の院には女君をお迎えになったそうです」 と、人が告げ口をいたしましたので、女君の葵
の上うえ はいっそう面白くなく思っていらっしゃいます。 二条の院の本当の内情を御存じない葵の上が、気を悪くなさるのは当然です。けれども、こんな時、もっと素直に、普通の女たちのように怨うら
み言をおっしゃるのだったら、こちらも隠し立てせず何もかも打ち明けて慰めてお上げも出来るのに、葵の上の思いも寄らないふうに邪推なさるのが面白くないと、源氏の君はつい、してはならない浮気沙汰も引き起こすはめになるのでした。 葵の上の御容姿には、不足に思われるような欠点はさらさらありません。まして誰よりも先に結婚したお方なのだから大切に思い、愛している自分の気持もお分かりにならないうちは仕方がないとしても、いつかは自然に誤解を解いて、思い直しても下さるだろうと、葵の上の落ち着いた軽々しくない御性質を頼みにして、期待していらっしゃるところは、やはり他の女君に大してとは違うお気持なのでした。
二条の院の幼い若紫の姫君は、源氏の君になじんでいらっしゃるにつれて、性質も御器量もほんとうに申し分なく、無邪気になついてつきまとっていらっしゃいます。 しばらくの間はお邸の中の女房たちにも姫君の御素性を伏せておこうとお思いになって、やはり離れた対たい
の屋や に住まわせていらっしゃいます。お部屋飾りなどこの上なく立派になさって、御自分も明け暮れそこへいらっしゃって、何かといろいろお教えになられるのでした。お手本を書いて習字の手習いをさせたりなさりながら、まるで他所よそ
にいたご自分の御息女をお引き取りになられたようなお気持なのでした。 政所まんどころ
や家司けいし などをはじめ、特別に独立して設けられて、何もかも姫君のために何の不自由もないようにお仕えさせになりました。こうしたお扱いを惟光これみつ
以外の家来たちは、不思議に思うばかりでした。 あの姫君の父宮、兵部卿ひょうぶきょうの宮みや
も、こういうことは全くご存知ではありませんでした。姫君はやはり時々前のことを思い出される折には、しきりに亡き尼君を恋い慕われました。源氏の君のおいでになる間は気が紛れていらっしゃいますが、夜などは、源氏の君はこちらにお泊りになるのもたまさかで、あちらこちらとお通いになるのに忙しくて、日が暮れるとお出かけになってしまわれます。姫君はそんな時、あとを慕われ追ったりなさることもあります。源氏の君はそんな姫君をたいそう可愛くお思いになられるのでした。 源氏の君が二、三日、宮中にお詰めておいでになったり、左大臣邸に御滞在なさる時などは、姫君はすっかりふさぎこんでおしまいになるので、源氏の君は可哀そうになられ、母のない子を持ったようなお気持がして、夜のお出歩きも落ち着かない気分になられます。 北山の僧都そうず
は、姫君のこうした御様子などを聞かれて、不思議に思いながらも、やはり嬉しく」思っていらっしゃいます。亡き尼君の法事などを僧都がなさる時も、源氏の君は立派なお供物くもつ
をお届けなさるのでした。 |
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