あの藤壺の宮のゆかりの若紫
の姫君を尋ね出してお引き取りりになられてからは、その姫君をお可愛がりになるのにすっかりお心を奪われて、源氏の君は六条ろくじょう
の女君のお邸にさえ、ますます遠のいておしまいのご様子でした。まして荒れはてた常陸の宮邸へは、いつも可哀そうにとはお心にかけていらっしゃりながらも、お出かけになるのはお気が進まないのも、仕方のないことでした。 姫君の異常なほどのはにかみぶりの正体を、見届けてやろうというほどの好奇心も殊更にはなくて、月日が過ぎて行くのでした。それでも気を変えて、よく見直したら、いいところもあるかもしれない。いつも暗闇の手探りのもどかしさのせいか、何だか妙に納得しないところがあるのかも知れない。この目で一度はっきり確かめてみたいものだ、とお思いになりますが、かといって、あまり明るい灯の下でまざまざ御覧になるのも、気恥ずかしいとお思いになります。 ある宵、女房たちがのんびりとくつろいでいた時を見はからって、源氏の君はそっと内へお入りになって、格子の隙間から覗いて御覧になりました。姫君御自身のお姿は見えよう筈もありません。几帳など、ずいぶん痛んではいますけれど、さすがに昔ながらの位置は変えないと見え、片隅へぞんざいに押しやったりはせず位置が乱れたいないので、奥は見通しがききません。女房たちが四、五人そこにいました。お膳があって、そこには青磁らしい唐から
渡りの食器が載っているのですが、それがひどく古ぼけて見苦しく、お料理も何の風情もない貧しげなものでした。女房たちは、姫君の所から下がって来てそれを食べているのでした。 寝殿の隅の間の方に、ひどく寒そうな様子の女房たちが、白い衣裳の言いようもないほど煤けたのを着て、その上に薄汚い褶しびら
を結びつけて御奉公姿をしています。その腰つきが、いかにも時代遅れtで見苦しく見えます。それでもさすがに櫛だけはずり落ちそうに挿している額つきに、宮中の舞姫をしこむ内教坊ないきょうぼう
や神器を安置した内侍所ないしどころのあたりに、こんな髪かたちをした古女房たちがいたなと、源氏の君h思い出されて、おかしくなります。今頃、こんな古風な風体の女房たちが貴人のお側近くにお仕えしていようとは夢にも御存じなかったことでした。 「ああ、ああ、何て寒い年かしら、長生きすると、こんなみじめえな時節にもあうものなのですね」 と言って泣いている者もいます。 「亡き宮様がおいでになった頃、どうして辛いなんて不足に思ったのでしょう。こんな心細い暮らしになっても、死にもせず過ごせるものなのですね」 と、飛び上がりそうに震えている女房もいます。 あれこれと聞きにくい愚痴をこぼしあっているのをお聞きになるのも、いたたまれないので、源氏の君はそこを立ち退いて、たった今、おいでになったふりをなさって、格子を叩かれました。女房たちは、 「それそれ」 などと言って灯を明るくして、格子を上げてお入れ申し上げました。 侍従は、賀茂かも
の斎院さいいん にも御奉公している若女房でして、この頃はこちらにおりませんでした。それでなおさらみずぼらしい田舎くさい女房たちばかりいるので、源氏の君は勝手の違う感じがなさいます。さきほど女房たちが泣きごとに言っていたその雪が、いよいよかき乱れて、ひどく降ってきました。空模様がけわしくなり、風が吹き荒れて、燈火も吹き消されてしまいましたが、それを点つ
ける女房もおりません。 源氏の君は、いつぞやあの某なにがし
の院で、物もの の怪け
に襲われた時のことを思い出されます。あたりの荒涼とした様子は、ここもあの院に劣らないようだけれど、こちらは邸が狭く、人気ひとげ
も少し多いので、いくらか心丈夫にお思いになります。それでもぞっとするように無気味で、寝つかれそうもない感じの夜なのでした。 それにしても、こういう夜は趣も深くて、しみじみと胸を打つ風情もあり、風変わりな印象を受けて興を添えてもいい情景です。ところが、肝心の姫君が、ただもう御自分の殻を閉ざすばかりで、一向に愛嬌もなければ、何ひとつ華やかなところがないので、源氏の君は情けなくお思いになるのでした。
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