夜になって、左大臣が宮中を御退出なさるのに伴われて、源氏の君も左大臣邸にいらっしゃいました。 朱雀院の行幸のことに、左大臣は殊の外興を催されていて、御子息たちが集まってお話をなさり、それぞれその日のために、舞のお稽古をされたりするのにかまけきって、日が過ぎていました。 さまざまな楽器の音
が、いつもより耳に騒がしいほど、誰も負けじと競い合っていますので、いつもの管絃の合奏とは様子が違います。大篳篥おおひちりきや尺八の笛なども大きな音に吹きあげられ、地下じげ
の太鼓までも高欄こうらん の下に転がし寄せて、公達きんだち
が御自身で打ち鳴らして、合奏していらっしゃいます。 それやこれやで源氏の君はお閑もない有り様なので、節に恋しく思われる女のところへだけは、何としても暇を盗んで忍んでお通いになりますけれど、常陸の宮の姫君のところへは、すっかりご無沙汰のまま、秋も暮れ果ててしまいました。 姫君の方では、それでも、もしやと源氏の君を待ちくたびれている間に、月日だけがいたずらに過ぎて行くのでした。 行幸の日が近くなって、予行の試楽しがく
などで騒いでいる頃に、命婦が宮中に参りました。 源氏の君は、 「姫君はどうしていらっしゃるか」 などお聞きになって、さすがにお可哀そうだとは思っておいでになるのでした。 命婦は姫君の御柚須をお話し申し上げて、 「こうまでひどくお見限りのお気持では、お側の者まで辛うございます」 など、泣かんばかりに訴えます。命婦のつもりでは、姫君を奥ゆかしい方と思わせる程度にしておきたかったのに、源氏の君がそれを打ちこわしてしまったことを、思いやりがないと、恨んでいるのだろうと、源氏の君は命婦の気持をお察しになります。姫君御自身は物も言わずに、ただふさぎ込んでいらっしゃるのだろうと想像なさるにつけても、お可哀そうなので、 「今はとても忙しい時なのだよ。どうしようもないのだ」 と、嘆息なさって、 「あまり人の愛情がわからなすぎる姫君のお気持をこらしめてあげようと思うのだよ」 とほほえんでいらっしゃるご様子が、若々しくて愛嬌がおありなので、命婦も思わず微笑がこみ上げてくるような気がして、 「困ったこと、女に恨まれるお年頃なのだもの、思いやりが薄く、わがままでしたい放題なのも無理はないわ」 と思うのでした。 源氏の君は、行幸の準備に忙しい時期が過ぎてからは、ときどき常陸の宮の姫君にもお通いになりました。 |