いつの間にか秋になり、静かに思いつづけられますと、あの夕顔の宿の砧
の音も、またうるさく耳ざわりだった碓からうす
の音までが、恋しく思い出されるのでした。 常陸宮の姫君には、度々お手紙をお送りになりますが、相変らず返事もないので気持がはっきりつかめません。あまりに情愛のわからないようなのが気に障り、このまま負けて引き下がれるものかと意地も加わって、命婦をしきりに責められるのでした。 「これは一体どういうことだ。全くこんな無礼な目にあったこともないが」 と、たいそう不愉快がってお怒りになられますので、命婦はお気の毒に思い、 「決して不似合いな御縁だなどと姫君には申し上げてはおりません。ただもう、何事につけ、むやみにはにかんでばかりいらっしゃいまして、お返事をお出しになれないものだと存じます」 と申し上げますと、 「それこそ世馴れない世間知らずというものだよ。まだ物心のつかない年頃とか、親がかりで自分の身が思うようにならない時なら、しんなふうに無闇に恥ずかしがるのも分かるけれど、あの姫君ならもう何事もしっかり分別なさっていらっしゃるだろうと思えばこそ、お便りもさしあげるのだ。それにわたしも、何となく所在なくて心細い思いがするものだから、姫君が同じようなお気持になり、お返事などいただけたら、それこそ本望なのだ。あれこれと色恋めいたことがしたいわけではなくて、ただ、あの荒れた縁側に佇んでみたいだけなのだ。このままでは、実に納得のいかない情けない気持ばかりがする。姫君のお許しがないならないで、お前がうまく取り計らい、手引きしてはくれないか。お前がやきもきと心をいら立たせたり、不愉快になるような見苦しい振舞は決してしないから」 などと、御相談なさいます。
源氏の君は相変らず世間の女の噂を、さり気ないふりをして聞き集めておおきになり、その中から、これといった人を心にとどめておかれる癖がおつきでした。ですから、人少ないのも淋しい宵などに、命婦がちょっとした話のついでにこういう方がいらっしゃいますと申し上げただけなのに、これほど姫君のことを本気になってお心にかけつづけていらっしゃるのです。 命婦は源氏の君に責められるのが少々わずらわしく、姫君の御様子にしても、女らしさや、奥ゆかしいところはお見えにならないにに、うかつにもとりもったりすると、かえって、姫君をお気の毒な目におあわせするかもしれないなどと思います。それでも源氏の君がこうまで熱心におっしゃるのを、聞き流してしまうのも、いかにもひねくれているようにも思います。 父宮が御在世の時にさえ、時勢に取り残されたお邸だというので、訪れる人もなかったくらいですから、まして今では荒れはてた庭の雑草を踏み分けて訪ねる人もすっかり絶えております。そんなところへ、こうして世にも珍しいすばらしいお方から、かたじけないお心のうちが時折伝えられておりますので、下々の若い女房などは相好そうごう
を崩して、 「やはりお返事なさいませ」 と、おすすめ申し上げます。ところが姫君は、あきれるほど内気な御性格なので、一向にお手紙を手にとってみようとなさらないのでした。 命婦は、それなら適当な機会に几帳越しにでもお話になってみられて、お気に召さなければ、それきりで終ればよし、また御縁があって、仮そめにも源氏の君がお通いになるようなことになったところで、誰も咎める人はあるまいなどと思案します。もともと命婦は浮気っぽい軽率な性分なので、そうひとりぎめして、父の兵部の大輔にも、こうした仔細は話さないのでした。 |