寝殿の方へ行けば、姫君の気配でも窺
うことが出来ようかと思って、源氏の君はそっと部屋をお出になります。透垣すいがい
の崩れたのがわずかに折れて残っている物陰のあたりに、近づいて行かれますと、先にそこに来て、佇たたず
んでいる男がおりました。誰だろう、姫君に思いをかけている好色者すきもの
がここにもいたのだなとお思いになり、垣根の蔭に寄り添って窺がっていらっしゃいます。実はその男は頭とう
の中将ちゅうじょう なのでした。 今日の夕方、頭の中将と源氏の君は宮中から御一緒に退出なさったのに、源氏の君は真直ぐ、左大臣さだいじん邸にも寄らず、二条にじょう
の院いん に帰るでもなく、頭の中将と別れられたのです。どちらへいらっしゃるのだろうと好奇心にかられた頭の中将は、自分も約束していた女の所がありましたのに、源氏の君の後を尾つ
けて行く先を窺がっていたのでした。貧相な馬に乗って、狩衣かりぎぬ
姿の無造作な身なりにやつして来ましたので、源氏の君もお気づきになれなかったのでした。 頭の中将は、源氏の君が命婦の部屋など、意外な所にお入りになられたので、不審に思っていました。そこへ琴の音が聞こえて来たので、聞き惚れて佇み、源氏の君がお帰りになるため、そろそろ出ていらっしゃるかと、待っていたのでした。 源氏の君はまだその男が誰ともお分かりにならず、御自分も知られたくないので、抜き足さし足で立ち去ろうとなさいます。そこへ頭の中将がつと寄って来て、 「わたしをまいておしまいになった悔しさに、お見送りして参ったのですよ」 |
もろともに
大内山おおうちやまは 出でつれど 入い
るかた見せぬ 十六夜いざよい
の月 (一緒宮中を出たのに 入る姿を見せない 十六夜の月のように 行方を暗ますあなたは ほどいお方だ) |
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と、嫌味いやみ
を言われるのは業腹ごうはら だけれど、やれやれ頭の中将だったのかとお分かりになりますと、少しおかしくもなられるのでした。源氏の君は、 「思いもかけないいたずらをするのですね」 と憎らしがりながら、 |
里わかぬ
影うぃば見れど ゆく月の いるさの山を 誰かたづぬる (どこの里にも 分け隔てなく照る月を 人はみな眺めはしても その月の入る山まで
誰がつきとめよう) |
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とお詠みになります。頭の中将は、 「こんな具合にあなたのあとをつけ回したら、どうなさいますか」 と申し上げます。 「ほんとうのことを言いますと、こんなお忍び歩きは、お供の才覚次第で、首尾よくことが運ぶものなのです。もうこれからは、わたしを捨てて行かれない方がよろしいですよ。身をやつされてのお忍び歩きは、とんでもない間違いが起こりやすいものですから」 と、切り返して、反対に御忠告申し上げるのでした。 |