末
摘 花 (四) | 命婦は才気のある女で、源氏の君に琴をあまり長くお聞かせしない方がいいと思いましたので、 「どうやら空も曇ってきたようでございます。わたくしの部屋に、客が来るはずになっていました。こちらにこうしておりますと、嫌ってわざと留守にしているように疑われそうですから、部屋へ戻ります。またそのうち、ゆっくりとお聞かせ下さいませ。御格子を下ろしておきましょう」 と言って、それ以上お弾きになることをおすすめもせず帰ってきました。源氏の君は、 「あれではかえって聞かない方がいいくらいなところで弾き止めてしまったね。上手かどうか聞き分けるひまもなくて、残念な」 とおっしゃるのは、どうやら興味をお持ちになった御様子です。 「同じことなら、もっと近いところで立ち聞きさせておくれ」 とおっしゃいますけれど、命婦は、奥ゆかしいとお思いになるあたりで、とめておきたいと思っておりますので、 「さあ、姫君は、不如意なお暮らし向きに、消え入るように心細そうに沈みこまれていらしゃるので、とてもおいたわしい御様子ですから、あなた様をお近づけするなど、畏れ多くて」 と言います。源氏の君はなるほど確かにそうだろう、最初からいきなりお互いに親密な仲になり、打ち解けてしまうようなことは、身分の低い者のすることだから、まどとお思いになります。それにひきかえ、この姫君はおいたわしいほどの重々しい御身分なので、 「まあ、それでもやはり、わたしの気持をそれとなくお伝えしておくれ」 とおっしゃるのでした。 どこかにお約束なさった所でもおありなのでしょう。源氏の君はたいそう忍んでお帰りになります。 「帝
があなた様を、生真面目すぎるとお案じあそばしていらっしゃるのが、時々ほんとにおかしくてならないことがございますわ。今夜のようなお忍び歩きのお姿を、よもや帝は、御想像遊ばすこともおできになれないことでしょう」 と、命婦が申し上げますと、源氏の君は笑いながら戻っていらして、 「そなたまでが、ほかの連中の言うように、あらさがしをしないでほしいな。これくらいのことを浮気な振舞だというなら、誰かさんの身持ちの悪さは弁解に困るだろうよ」 とおっしゃいます。命婦は源氏の君が自分のことを相当な浮気女のように思われて、折々こんなふうにおからかいになるので、恥ずかしくて、一言も言い返せません。
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