末
摘 花 (三) | 源氏の君は、おっしゃったとおり、十六夜
の月の美しい頃に、お越しになりました。 「まあ、お気の毒ですこと、せっかくお越しいただいても、今夜はお琴の音の冴えて聞こえそうな空模様ではございませんのに」 と、命婦は申し上げますけれど、 「そんんおことを言わずに、姫君のところへ行って、ほんの一曲でもお弾きになるよう、おすすめしておくれ。このまま何も聞かずに帰るのは残念だから」 とおっしゃいます。 命婦はともかく取り散らかした自分の部屋に御案内しておいて、気恥ずかしく、もったいないと思いながらも、姫君のいらっしゃる寝殿に参りました。そこではまだ格子こうし
を上げたままで、姫君は梅の香りのただよう庭を眺めていらっしゃいました。命婦はよい折だと思って、 「今宵のような天気は、お琴の音色ねいろ
もさぞ美しく冴え勝まさ って聞こえることだろうと思いまして、そてにひかれて参上いたしました。いつも気ぜわしくお出入していて、ゆっくりお琴をお聞かせいただけませんのが残念でございまて」 と言いますと、姫君は、 「琴きん
の音ね を分かってくれるあなたのような人もまだいたのですね。でも宮中にお出入している耳の肥えた人に聞いてもらうようにはとても弾けません」 とおっしゃりながらも、はや琴をお引き寄せになられるのもあまりに素直すぎ、命婦、はかえって姫君の琴の音を、源氏の君がどうお聞きになられるだろうと、わけもなく心配ではらはらいたします。 姫君はほのかに琴を掻か
き鳴らされ、その音色は姫君にはゆかしく聞こえました。それほどお上手というほどではないのですけれど、琴はもともと音色の格別味わい深い楽器ですから、源氏の君もそれほど聞きにくくはお感じになりません。ほんとうにひどく一面に荒れはてたこの淋しいお邸に、かつては常陸の宮よ呼ばれた御立派な父君が、姫君を古風に重々しく、大切にお育てになっておられたことだろうに、今はその名残もとどめず、姫君はどれほど悲しい思いの数々を限りなくつくしていらっしゃることだろうか。昔の物語にも、こんな淋しい所にきっと、あわれな話の数々があるものだ、などと思いつづけられるにつけても、源氏の君は姫君に言い寄ってみたいとお気持をそそられます。それでも、今すぐそうすればあまりに唐突と思われるかも知れないと、気おくれなさろ、ためらっていらっしゃいます。 |
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