〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-X』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻二) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2015/12/20 (日) 

末 摘 花 (一)

愛しても愛しても、なお愛したりない思いのしたあの夕顔ゆうがお の君に、花に置く露よりもはかなく先だたれてしまった時の悲しさを、源氏の君はあれから歳月の過ぎた今もなお、お忘れになれないのでした。
あちらの方もこちらの方も、女君たちは心をよろ い、気取った様子で、お互い思慮の深さでも競い合っていられるのを御覧になりますと、なおさら親しみやすくすべてを任せきっていたあの人のたぐいないなつかしさと愛らしさを、源氏の君は恋しくお思い出しになられるのでした。
「何とかして、大層な身分ではなく、ひたすら可愛らしい人柄の、気がねのいらないようなひと を見つけたいものだ」
と、性懲しょうこ りもなく思いつづけていらっしゃいます。少しでも取り柄があり評判の高い女の噂は、聞きもらされるようなことは全くありません。
もしかしたら、とお心の惹かれるような好ましい素振りの感じられる女には、ほんの一行にしろお手紙をおやりになるようです。そんなお手紙をいただいても、お気持になびかず、源氏の君にすげなく出来る女などは、まあ、ありそうにないというのも、あまりといえば、興のなさすぎる話です。
そうかといって、じょう のこわい無愛想な女は、この上なく生真面目で無骨なあまり情愛の機微きび などはたいしてわきまえないようです。ところがそういうもの堅さを貫き通すことも出来なくて、そのうちすっかり強い気構えも崩れてしまい、案外、ごく平凡な男の妻になったりしますので、その途中から誘うのをお止めになった場合も多かったのでした。
あの空蝉うつせみ のことも、何かの折々にはいまいましい女だとお思い出しになります。もう一人のなび き易かったおぎ の葉にも似た娘の方にも、何かのついでにお手紙をおやりになって、驚かせることもあるようです。灯影ほかげ に碁を打っていた時のしどけない娘のようすは、またあのままの姿を御覧になりたいものだとお思いになります。源氏の君はおよそ、一度関りを持ったらどんな女も、すっかり忘れてしまうことが、お出来にならない御性分なのでした。

源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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