源氏の君は二、三日宮中へもお上がりにならず、この姫君の御機嫌をとろうと、もっぱらお話し相手をまさります。そのままお手本にするようにとお思いにものか、古歌や絵などをいろいろお書きになってお見せします。それはすべてお見事なもので、たくさんお書きになりました。紫の紙に、<武蔵野といへばかこたれぬ>
とお書きになった墨つきもとりわけすぐれているのを、姫君は手に取って見ていらっしゃいます。そばに少し小さな字で、 |
ねは見ねど
あはれとぞ思ふ 武蔵野の 露分けわぶる 草のゆかりを (まだ共寝はしていないのに 可愛くてならない 武蔵野の露を分け入りかねて
なかなか逢えない紫草のような あの方のゆかりのあなたよ) |
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と、書き添えてあります。 「さあ、あなたもお書きなさい」 と、源氏の君がおっしゃいますと、姫君は、 「まだ上手には書けないの」 とつぶやいて、源氏の君を見上げていらっしゃるお顔が、あまりにも無邪気で可愛らしいので、源氏の君はにっこりなさり、 「上手でないからといって、まったく書かないのはよくないのですよ。わたしが教えてあげますから」 と仰せになりますと、姫君が顔をそむけて恥ずかしそうにお書きになる手つきや、筆を持つ御様子のあどけないのも、ただもう可愛くてたまらなくお思いになります。こんなに姫君に惹かれるのが、自分の心とはいえ、不思議だとお思いになるのでした。姫君は、 「書きそこなったわ」 と、恥ずかしがって隠そうとなさるのを、無理に御覧になりますと |
かこつべき
ゆゑを知らねば おぼつかな いかなる草の ゆかりなるらむ (何をおっしゃっているのか さっぱりわからないわ わたしはいったい
どんな草のゆかりで だれに似ているのでしょう) |
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と、まだとても幼いけれど、先々の上達が頼もしく予想される筆跡で、ふっくらとお書きになっています。亡くなった尼君の筆跡によく似ているのでした。 これで現代風のお手本も習ったら、もっと上手におなりだろうと、源氏の君はお思いになります。 お人形遊びなども、わざわざ御殿をいくつも造り並べて、一緒に遊んでお上げになりながら、源氏の君は姫君を、辛い恋の苦しい物思いの、この上ない憂さ晴らしになさっていらっしゃるのでした。 |