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2015/12/16 (水) | 若 紫
(三十) | あちらのお邸に残った女房たちは、兵部卿の宮がお越しになられて、姫君のことをお尋ねになられたのに、お返事の申し上げようもなくて、当惑しあっていたのでした。 「しばらくは姫君の行方を誰にも報せるな」 と、源氏の君も仰せになり、乳母の少納言もそう思っておりましたので、絶対に口外しないようにと言っておやりになりました。それで女房たちは、ただ、 「行方も知らせず少納言がお連れして行って、お隠しいたしました」 とばかり申し上げますので、宮もどうしようもなくがっかりなさって、故尼君も、姫君が本邸へ引き取られることを、たいそう嫌がっていらっしゃったので、乳母の少納言が出過ぎた心づかいのあまり、宮にお渡しするのを困るとは、素直に言わないで、自分の一存姫君を連れ出して行方をくらましてしまったのだろうと、泣く泣くお帰りになりました。 「もし行方が分かったら、必ず知らせるように」 と仰せになるにつけても、女房たちは気が引けて、面倒なことになったと思うのでした。 兵部卿の宮は北山の僧都のところへもお尋ねになりましたが、一向に行方が知れなくて、つくづく惜しまれるほど美しかった姫君のお顔かたちを思い出されて恋しく、悲しんでいらっしゃいます。宮の北の方も、姫君の母親を憎んでいられた気持も消えて、姫君を自分の思うように育ててみようと考えていた矢先に、その心づかいが外れてしまったことを、残念にお思いになるのでした。 二条の院の西の対には、次第に女房たちが集まって来ました。お遊び相手の女童や幼い子供たちも、すばらしく当世風なお二方の御様子なので、何の気がねもなく、みんなで遊び合っています。 姫君は源氏の君がお留守だったりして寂しい夕暮れなどこそは、尼君を恋い慕って泣いたりなさるけれど、父宮のことは全くお思い出しにもなりません。もともと、父宮とは離れて暮らすのが習慣になっておられたので、今ではただもう、後の親の姫君にすっかりなついてしまって、まつわりついてばかりいらっしゃいます。 源氏の君が他所からお帰りになると、すぐお出迎えして、甘えてあれやこてやとお話になり、源氏の君の懐に入って抱かれて、少しも遠慮したり、恥ずかしがったりもなさらないのです。そうしたお遊び相手としては、この上なく可愛らしいのでした。 女も妙に智恵がつき嫉妬心などおこしますと、何かと煩わしいことが起こってきて、男も自分の愛がさめるのではないかと心を使い、夫婦の気持に隔てを置くようになります。そうなると女の方はとかく恨みがちになって、思いがけないもめごとが自然に起こって来るものです。 ところがこの姫君は、ほんとうにかわいらしい罪のないお遊び相手なのでした。実の娘でも、もうこのくらいの年になると、父親に対してこんなふうに打ち解けて振舞、馴れ馴れしく、一緒に寝起きすることなどは、とても出来ないものでしょうに、これはまったく風変わりな秘蔵娘だと、源氏の君は思っていらっしゃるようでした。 |
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| 源氏物語
(巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ |
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