若 紫
(二十三) | 霰
が降り風が荒れて、冷え冷えと心も凍るような寂しい夜になりました。 「どうしてこんな小人数で、心細く暮していらっしゃるのだろう」 と、源氏の君は同情してお泣きになり、とてもこのまま姫君を見捨ててはおけないとお思いになられます。 「御格子みこうしを
下ろしなさい。何だか恐ろしいような夜になったので、わたしが宿直とのい
の役をつとめよう。女房たちは姫君のお側にみんなお詰めなさい」 と命じられて、さも馴れ馴れしく御帳台みちょうだいの中にお入りになられましたので、 「まあ、とんでもない、重いもよらぬことをなさるもの」 と、女房たちは呆れ果てて、誰も彼もお側に控えております。 乳母の少納言も動転して気を揉んでおりますけれど、事を荒立てて騒ぎ立てるのも憚られますので、困りきって溜め息をつきながら、そこに控えております。 姫君はたいそう恐ろしくて、どうなることかと怯えてわなわな震えていらっしゃいます。清らかな美しいお肌も、ぞっと鳥肌立てていかにも怖そうにしていらっしゃるのが、源氏の君にはこの上なく可愛く思われて、肌着の単衣だけをお着せになり、くるみこんで抱いておあげになります。我ながらそんなご自身の振舞もどうかしているとお思いになられるのでした。やさしく姫君にお話しかけになって、 「ね、わたしのうちにいらっしゃいよ。おもしろい絵などもたくさんあるし、お人形遊びもしましょうよ」 と、姫君の気に入りそうな話をなさり御機嫌をとっていらっしゃる源氏の君の御様子が、たいそう優しそうなので、姫君は幼心にも、それほどひどくは怯えず、それでもさすがに何となく気持が落ち着かず、安心して眠れないので、もじもじ身じろぎばかりなさりながら、横になっていらっしゃいます。 その夜一晩中、風が吹き荒れていました。 「ほんとうにこうして源氏の君が今夜こちらにおいで下さらなかったら、どんなにか心細かったことでしょう。でも同じことなら姫君がお似合いの年頃でいらっしゃったらどんなによかったでしょうね」 と、女房たちはひそひそ
囁き合っています。乳母は姫君のことが気がかりなので、御帳台のすぐ近くに、付き添って控えています。 風が少し吹きやんだ時、まだ世も深いうちに源氏の君がお帰りになられるのも、何となく恋をとげた後の朝帰りのように見えます。 「ほんとうにしみじみ可愛くて、気がかりな姫君の御様子なので、これからは今まで以上に、なおさら少しの間も逢わないでは心配でならないでしょう。わたしが明け暮れ、物思いの中でひとり暮している邸に姫君をお移ししよう。いつまでもこんな淋しい所に心細くお過ごしでは、どうかと思われます。これまでよくもこんな所で恐がりもなさらなかったものですよ」 と仰せになりますと、乳母は、 「父宮も姫君をお迎えに来ようなどおっしゃるようですけれど尼君の四十九日の法要をすませてからいらっしゃるのだろうと、わたしたちは思っておりまして」 と申し上げます。 「それはたしかに、頼りになる実の父君ではいらっしゃるけれども、長らく別々に暮しつけていらっしゃったのですから、姫君にとってはわたしと同じ程度に、親しみが薄いのではないでしょうか。わたしは今夜はじめてお逢いしましたが、姫君を思う誠意は、父宮以上と思っていますよ」 とおっしゃりながら、姫君の髪を幾度もかき撫でかき撫でなさり、振り返りがちにお帰りになりました。
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