「どうして、こう繰りかえし申し上げるわたしの心の深さを推察もせず、受け入れて下さらないのでしょう。その姫君の頑是ない御様子が、お可愛らしくてたまらなくいとしく思われますのも、わたしと姫君とは、前世からの宿縁が格別深いのだろうと、わらながらつくづく思い知ったのです。やはり人伝
でなく、わたしの気持を姫君に直接申し上げ、お分かりいただきたいものです。 |
あしわかの
浦にみるめは かたくとも こは立ちながら かへる波かは (葦の若芽の生える和歌の浦に 海松布みるめ
は生えにくいように 姫君にお逢いするのが どんなにむずかしくても このまま帰るわたしでしょうか) |
|
「せっかく来たのにこのままで只帰すのはあんまりでしょう」 とおっしゃいますと、少納言は、 「ほんとに、畏れ多いことでございます」 と言って、 |
寄る波の
心も知らで わかの浦に 玉藻なびかむ ほどぞ浮きたる (言い寄るあなたの本心も たしかめないまま 玉藻が波になびくように
お言葉に従いなびけば 行く末はどうなりますことか) |
|
「これは御無理なお話でございましょう」 と、申し上げる対応がもの馴れていますので、源氏の君は少納言が何とさからっても御機嫌を悪くはなさいません。
「なぞ越えざらむ逢坂あふさか
の関」 と逢わずにいられないお気持を歌になぞらえて口ずさまれるのを、若い女房たちはうっとりとお聞きするのでした。 姫君は今夜もまた亡くなられた尼君を恋い慕って、泣き寝入りなさったところへ、お遊び相手の女童めのわらわ
たちが、 「直衣のうし
を着た人がいらっしゃいましたよ。きっと父宮さまがお出でになったのですわ」 よお知らせしましたので、起きていらっしゃいました。 「ねえ、少納言、直衣を着たという人はどこなの、父宮がいらっしゃったの」 と、言いながら近づいていらっしゃるお声が、何ともいえず可愛らしいのです。 「父宮ではありませんが、わたしにもそんなによそよそしくなさったはだめですよ。さあ、こちらへいらっしゃい」 と、源氏の君がおっしゃいますと、それではあの、恥ずかしくなるほどすてきな源氏の君だったのかと、幼心にもさすがにお声を聞き分けられて、言い間違えてしまったとお思いになって、姫君は乳母の少納言にすり寄られて、 「ねえ、あっちへ行きましょうよ。眠いんだもの」 と仰せになります。源氏の君は、 「今になって、どうして隠れたりなさるの、わたしのこの膝の上でお寝みなさいよ。もっとこちらへお寄りなさい」 とおっしゃいますので、乳母は、 「そら御覧遊ばせ、これだからほんとにまだ他愛なくて、何もおわかりにならないのですもの」 と言いながら、姫君を源氏の君の方へ押しやるようにします。姫君はされるままに無心に、そこに坐っていらっしゃいます。源氏の君は几帳きちょう
の中へ手をさし入れて、姫君のお体をさぐってごらんになられます。柔らかいお召物に、髪はつややかにかかって、その裾がふさふさと手に触れる感じは、さぞ見事なお髪ぐし
だろうと、思いやられます。手をおとりになると、姫君はよその男が、こんなに近く寄って来たのが気味悪く、恐ろしくなって、 「寝ようといってるのに」 と言って、無理に引っ込もうとされるのについて、源氏の君は姫君と一緒にすっと几帳の内にすべりこんでしまわれました。 「もうこれからはわたしを頼りになさるのですよ。お嫌いになってはだめですよ」 と仰せになります。乳母は、 「まあ、何ということをなさいます。あんまりな、いくらどのようにお言い聞かせなられたところで、何もお分かりでなく、一向に何の甲斐もおありにならないでしょうに」 と、いかにも困り果てた様子なので、 「いくら何でも、こんな幼いお方に何をするものか。ただ、世間に例のないわたしの珍しい恋の真心をどうしても見届けてほしいだけなのだ」 とおっしゃいます。 |