若 紫
(十九) | あの山寺の尼君は、病気が幾らか快くなられましたので、北山から下山されました。尼君の京のお住まいを捜し出されて、源氏の君から時折お便りが届きます。尼君からのお返事が姫君に関しては相変らず御辞退ばかりなのは当然のうちに、ここ幾月かは、以前にまさる藤壺の宮恋しさの物思いのために、ほかのkとは考えるゆとりもなく過ぎていきます。 秋も終わりに近く、源氏の君はしみじみと心細さにため息をついて、沈み込んでいらっしゃいます。 月の美しい夜、ようよう、前々からお忍びの通い所へ、お訪ねになってみようかと思い立たれました。折から時雨
めいた雨が降りそそぎます。お訪ねになる所は、六条京極のあたりでした。宮中からのお帰りの途中なので、道のりが少し遠いようにお感じになります。そお道中に、古い木立が小暗く茂ったところがあり、そのかげに見るからに荒れた家が見えました。例によってこういうお供には外れたことのない惟光が、 「ここが亡き按察使あざち
の大納言のお邸でございます。この間、ついでがありまして訪ねてみましたら、あの尼君がすっかり衰弱なさっておしまいになられたので、心配で途方に暮れていると、女房が申しておりました」 と申し上げます。 「それはお気の毒なことだ。早速お見舞しなければならないのにどうしてわたしに、それを知らせてくれなかったのだ。すぐ邸内に人をやって案内を請わせるように」 とおっしゃいましたので、惟光が供人を使いに出しました。わざわざ源氏の君はこうしてお立ち寄りになられたのだと言わせましたので、供人が邸内に入ってその通り伝えますと、女房たちは驚いて、 「まあ、どうしましょう。困りましたわ、この頃ずっと、尼君はめっきり御衰弱になっていらっしゃいますので、お目にかかることなどは、とても」 と言いますが、そのままお帰し申し上げるのも畏れ多いので、とにかく南側の廂の間を取り片付けて、源氏の君をお通し申し上げました。 「ここは取り散らかしていてたいそうむさ苦しいのですが、せめてお見舞のお礼だけでも申し上げたいと存じまして、なにぶん急のことでしたので、こんんあ不用意な御座所ござしょ
で申しわけございませんけれど」 と申し上げます。たしかにこんなお座席に通されたのは珍しいと、源氏の君は勝手の違ったようにお思いになられます。 「いつもお伺いしたいと思いながら、すげないお返事ばかりいただいておりますので、つい遠慮してしまいまして、そのため御容体がこんなに重くなっていらっしゃることも存じあげないまま気がかりな日を送っておりました。どんなに御案じしていたことでしょう」 などとおっしゃいます。
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