「突然、こんなことを申し上げて、さぞかし軽率だとお思いになりそうな場合ですが、わたしの気持は、真実、浮いたものではありませんので、み仏もきっと御照覧下さっていると信じます」 とおっしゃるものの、尼君のしっとりと落ち着かれた、気おくれするほど御立派な様子にすっかり恐縮して、すぐにはお言葉もつづかないのでした。 「ほんとうに、思いもかけないこうした折に、あなたさまからこんなにまでおっしゃていただいらり、わたしもお話申し上げたりしますのも、どうして浅い御縁だと思えましょう」 と尼君は、お答えになります。源氏の君は、 「お可哀そうなお身の上とおいかがいしました。お小さい姫君のお亡くなりになられたという母君の代わりとして、私をお考えいただけないでしょうか。私はなだほんとうに頑是なかった頃に、可愛がってもらえる筈の母や祖母に先立たれましたので、妙に頼り所のない落ち着かぬ有り様で歳月を送ってきてしまったのです。姫君は私と同じような御境遇でいらっしゃるようですし、どうか私を姫君のお仲間にして頂きたいと、本気でお願いしたいのを、こんな好い機会はまたとはございませんので、尼君がどうお思いになるかとも考えないで、思い切ってこうしてお話をした次第でおざいます」 とおっしゃいます。尼君は、 「本来ならたいそう嬉しいお話ではございますが、その子について何か間違ってお聞き及びになっていらっしゃるのではないかと御遠慮されます。何の役にも立たぬこの年寄りのわたしひとりを頼りにしている子供はおりますが、それはまだ全くやわいもない年齢でして、とても大目に見ていただけるとも思えませんので、どうしてもこのお話はお引き受けしかねるのでございます」 と申します。 「なにもかも御事情はすっかり承知しておりますから、そう堅苦しく御遠慮なさらないで、こういうことを思いつく、人とは違うわたしの誠意をご覧になって下さい」 と源氏の君はおっしゃいますが、 「とんでもなく不釣り合いな話を、源氏の君はそうともご存じないのでおんなにまでおっしゃる」 と尼君は考えて、心を許したお返事もいたしません。そこへ僧都が帰って来られたので、 「とにかく、ここまでお話しすることが出来ただけでも、心丈夫です」 と源氏の君は、おっしゃって、さっき引き開けた屏風をお閉めになりました。 明け方になってきましたので、滅罪を願う法華懺法
の読経の声が、勤行を行う三昧堂さんまいどうの方から、山風に運ばれて聞こえて来ます。その声が非常に尊く、滝の音に響きあっています。 |