〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part W-W』 〜 〜
==源 氏 物 語 (巻一) ==
(著:瀬戸内 寂聴)
 

2015/12/05 (土) 

若 紫 (六)

源氏の君がおやす みになっている所へ、僧都の弟子が来て惟光を呼び出しました。狭い所なので、源氏の君のお耳にもそのまま話が伝わります。
「こちらに源氏の君がお越しになられたとのことを、只今人が申しましたので、驚きまして、早速ご挨拶に参上致すべきところでございますが、わたしがこの寺に籠っておりますことは、御存知でいらっしゃるのに、わたしに内緒になさいましたのをお恨みに存じまして、こちらも御遠慮致したのでございます。お旅先の御宿も、わたしの坊にこそお支度させていただきましたのに、実に残念に存じます」
と申しております。源氏の君は、
「さる十日ごろから瘧病わらわやまいにかかっていたのが、度々発作がぶりかえすのでたまらなくなり、人に教えられるままに、急にこの山に尋ねて上って来ましたが、このような名高い行者の祈祷のしるし が、もしあらわれない時は、引っ込みがつかないことになるでしょうし、そんな時は有名な行者だけにいっそう気の毒なことになるかも知れにと気を遣いまして、極々内密にして忍んで参ったのです。今すぐ、そちらへも伺いましょう」
と仰せになりました。
使いと入れ代りに、僧都自身が参上しました。この人は法師ですが、人柄も高貴で世人に敬われている人物なので、とても気がひけました。身分にふさわしくない軽々しいお忍びの姿を見られたのを、恥ずかしくお思いになります。
僧都は、こうして山に籠って修行している間のことなど、お話なさいまして、
「同じ柴の庵でございますが、私方は、少しは涼しい遣水やりみず もひいておりますので、その流れもお目にかkrとうございます」
と、熱心にお誘いなさいましたので、源氏の君は、あの、まだ自分に逢ったことのない女たちに、僧都が自分のことをあまり大げさに話して聞かせていたのを、気恥ずかしくお思いになられます。けれどもあの可愛らしかった女の子のこともお気にかかるので、お出かけになりました。
源氏物語 (巻一) 著:瀬戸内 寂聴 ヨリ
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