尼君は、そこ子の髪を掻き撫でながら、 「あなたは髪を櫛
けずるのを嫌がられるけれど、ほんに見事なお髪ぐし
だこと。あなたがあまりに頑是なくていらっしゃるのが不憫で、わたしは心配でなりません。これくらいのお年になれば、こんなに子供っぽくないひとだってあるものなのに、あなたの亡くなった母君は、十ぐらいの年に父君に先だたれておしまいになられたけれど、もうその時分には、はっきり物の道理も分別もわきまえていらっしゃいましたよ。それなのにあなたは、もし今、わたしがあなたを残して死んでしまったら、どうやって暮していらっしゃるおつもりやら」 と言って、はげしく泣くのを御覧になるのも、源氏の君は何とはなしに、ただもう悲しく思われるのでした。 その女の子も幼心に、さすがに尼君の泣き顔をじっと見つめると、悲しくなったのでしょう。目をそらし、伏し目がちになってうつむいた顔に、こぼれかかってきた黒髪が、つやつやと美しく見えます。 |
生い立たむ
ありかも知らぬ 若草を おくらす露ぞ 消えむ空なき (どう生い育つことやら 想像もつかない 若草のような幼い姫を ひとり残して
どうしてわたしは死んでゆけよう) |
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と尼君が詠みますと、傍らにいたもう一人の女房が、 「ほんとうに」 ともたい泣きしながら、 |
初草の
生ひゆく末も 知らぬまに いかでか露の 消えむとすらむ (初々しい若草のような 姫君の将来も 見とどけないままに どうして先だたれるなど
お思いになるのでしょうか) |
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と言っているうちに、僧都があちらから来て、 「こちらはあまり開けっ放しすぎます。今日にかぎって尼君はまた、どうぢてそんなに端近にいらっしゃるのです。この上かみ
の聖ひじり の坊に源氏の中将が、瘧病わらわやみ
のまじないにいらっしゃっているとのことを、たった今、聞きつけました。たいそうお忍びなので、わたしはそうとも存じあげず、ここにおりながら、お見舞にも上がりませんでした」 とおっしゃるので、尼君は、 「まあ、大変、こんなみっともない様子を、誰かに見られたでしょうか」 とあわてて簾を下ろしました。僧都は、 「今、世間に評判の高い源氏の君を、こういう好機に拝まれてはいかがですか。わたしのように世を捨てた法師の身にも、お姿を見れば、その美しさに思わず夜の憂さを忘れ、寿命がのびるような気のする御様子です。さあ、わたしも御挨拶申し上げてまいりましょう」 と言って、立ち上がる気配がしますので、源氏の君もお帰りになりました。 「しみじみ可愛い人を見たものだ。これだから、世間の好色な手合いは、こういう忍び歩きばかろしては、よく意外な掘り出し物をの美女を見つけたりするのだな、たまさかに出かけただけでも、こんな思いもかけないもんを発見するのだから」 と忍び歩きも、おもしろいとお感じになります。 「それにしても、何と美しい子だったことか、いったいあの子は誰なのだろう。あの恋しいお方のお身代わりに、あの子を側に置いて明け暮れのなぐさめにしたいものだ」 と思う心に、深くとりつかれました。
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