夜道もたいそう遠くお感じになります。 十七日の月がさし昇った頃、賀茂のの河原のあたりにさしかかられましたが、お先払いの松明
の火もかすかになり、鳥辺野とりべの
の方などを見渡された時などは、いつもなら何となく気味が悪いのに、今夜だけは怖いともお感じになりません。千々にかき乱された心のままお着きになりました。 このあたりは、もともと不気味なところの上、板葺きの家の傍らに堂を建てて、勤行している尼の住まいは、いっそうもの淋しいのでした。 お燈明の光が、戸の隙間からほのかに透けて見えます。家の中には女のひとり泣いている声ばかりが聞こえます。外には、法師たちが二、三人、時々話をしながら、わざと声を殺し、特に功徳があるという無言念仏を称えています。 近くの寺々の初夜そや
の勤行もみな終ってしまって、あたりはたいそうひっそりと静かです。 清水寺きよみずでらの方角に、灯の光が多く見え、人も大勢いる様子でした。 この尼君の息子の僧が、尊い声で経を誦よ
みあげているのをお聞きになると、源氏の君は涙も涸か
れはてるかと思われるほどお泣きになるのでした。 板葺きの家にお入りになりますと、燈火を壁に向けて亡骸なきがら
からそむけて置いてあり、右近は亡骸と屏風一枚を隔ててうつ伏していました。どんあに辛いだろうと、源氏の君はそんな右近をご覧になるのでした。 亡骸は一向に恐ろしい感じもせず、ほんとうに可愛らしい様子で、まだ生前のお姿と全く変化が認められません。 源氏の君は亡骸の手をお取りになり、 「わたしにもう一度、せめて声だけでも聞かせておくれ。どういう前世の因縁だったのか、あんな短い間に、心の限りを尽くして愛し合ったのに、そんなわたしをうち捨てて逝い
ってしまい、こんな悲しい目に遭わせ、心を迷わさせるなんて、ひどい」 と、声も惜しまず、限りなくお泣きになるのでした。 僧侶たちも、源氏の君をどなたとはしらないまま、不思議に思って、その御悲嘆ぶりにつりこまれて皆涙をおとしています。 |