「この院の留守番の者などに相談するのは、何よりまずいと思います。この男ひとりだけは信用できて秘密を守ったとしても、何かの折につい喋ってしまうような、口軽の身内の者もいることでしょう。何にしましても、先ず、とにかく急いで、この院をお出になっていただきましょう」 と惟光が申し上げます。源氏の君は、 「それにしても、ここより人目につかない所がどこにあるのだろう」 とおっしゃいます。 「ほんとうにその通りです。あの五条の家は、女房たちが悲しさのあまり泣き惑うことでしょう。隣近所が建てこんでいて、何事かと聞き耳たてり者も多いでしょうから、どうしても噂が伝わってしまいましょう。山寺でしたら、やはり葬式などはありがちですから、亡骸
を運び込んでも人目につかないと思われます」 とあれこれ思案しまして、 「昔懇意にしておりました女房が、尼になって東山の辺りに庵を結び籠っています。そこへお亡骸なきがら
をお移ししましょう。その尼はわたしの父の乳母めのと
だった者で、今はすっかり老いこんで住んでいます。あたりには人家も多いようですが、そこは閑静なところでございます」 と申し上げて、すっかり夜が明けはなれる頃の、あわただしいざわめきにまぎらせて、御車を寝殿におつけしました。 源氏の君はこの女君の亡骸を、とてもお抱きになれそうもないので、薄い布団に押しつつんで惟光が車にお乗せしました。たいそう小柄で、死人などという気味の悪さもなく、可愛らしく見えます。そんなにしっかりとも包めなかったので、黒髪が包からこぼれ出ているのを御覧になりましても、源氏の君はお涙があふれ出て目の前が真っ暗になります。いいようもなく情けなく悲しいので、最後まで見とどけてやりたいとお思いになるのですが、惟光が、 「早くお馬で二条の院へお帰りなさいませ。人の通りが多くならないうちに」 とおせかせします。源氏の君には馬をさしあげ、車には右近だけを亡骸のお供に乗せ、自分は歩いて車に従います。指貫さしぬき
の裾を引きあげてくくり、この院を後にとにかく出発いたしました。 考えてみれば、つくづく不思議な事件で、思いもかけなかった葬送に立ち会ったとは思いますが、惟光は源氏の君のお悲しみのただならぬさまを拝しておりますので、この件でとがめを受けて、自分はどうなったってかまうものかと、身を捨てたつもりで行くのでした。
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