ようやく、鶏の声がはるかに聞こえてきました。
「いったい何の因果でこんな命がけのような憂き目にあうのだろう。自分の心からとはいえ、色恋に関することで、だいそれた罪深い秘密の恋を抱いている報いとして、こうした過去にも将来にもない話の種にされそうな事件が起こったのだろう。いくら隠しても、この世の出来事は隠しきれず、いつかは父帝のお耳に達するのは勿論こと、世間の人々が面白がって何かと取り沙汰する噂は、はしたない京童（きょうわらべ） の口の端にのぼせられるに違いない。あげくのはてには、愚かしい汚名を蒙ってしまうのか」
と、あれこれ思いめぐらせていらっしゃるのでした。
ようやく惟光が参上しました。日頃は、真夜中と言わず早朝と言わず、いつでも源氏の君のお心のままに動く者が、今夜に限ってお側に伺候（しこう） していなくて、お召しにまで遅れてしまったのを、許せないと、源氏の君はお怒りでしたが、ともかくお側にお呼びこみなさいました。
さて、昨夜の事の顛末（てんまつ） をお話なさろうとすると、それがあまりにも夢のようなあっけなさに、すぐにはものもおっしゃれません。
右近は。惟光が参上したらしいと聞くと、夕顔の女君と源氏の君の関りのはじめからのことが、一挙に思い出されて泣き出しました。源氏の君もこらえきれなくなられて、今まで御自分ひとり気丈ぶって、女を抱きかかえていらっしゃいましたが、惟光の顔を御覧になるなりほっとお気がゆるみ、悲しみがこみあげていらっしゃいました。涙をとどめることも出来ず、しばらくさめざめとお泣きになられます。
少し気を静められてから、
「ここで、まったく信じられないような変なことが起こったのだ。情けないの何のって言いようもないことだこうした突然の変死の場合には、とにかく誦経（ずきょう） などをするものだと聞いているが、そういうこともしてやりたいし、蘇生するような願（がん） なども立ててやりたいので、お前の兄の阿闍梨に来てもらうように言ってやったのだが」
とおっしゃいます。惟光は、
「阿闍梨は、昨日比叡山へ帰ってしまいました。それにしても、実に変わった事件ですね。前からあの方は御気分の悪いということでもあったのでしょうか」
「そんなこともなかった」
と、お泣きになる御様子がただもうお美しく、いたいたしくお見受けしますので、惟光もたまらなく悲しくなり、自分までよよと泣いてしまいました。
そうは言っても、年をとっていて、世の中のさまざまな経験を積んだ者なら、こういったまさかの場合には頼りにもなるものですが、なにしろ、ふたりともが若い者どうしで、なすすべもなく困りきっているのでした。