夕 顔
(十五) | たとえようもなく静かな夕暮の空を眺めていらっしゃって、奥の方は暗くて気味が悪いと、女が怖がっていますので、縁側の簾を巻き上げて、女に添い寝していらっしゃいます。 夕映えに浮び上がったお互いの顔を見交わして、女も、こんなことになったのを、つくづく思いのほかの成り行きだと不思議な思いにとらわれています。今はすべての不安や愁いも忘れてしまって、少しづつ打ち解けてくる様子が、源氏の君には何ともいえず可愛らしいのでした。 終日、ひしと源氏の君のお側に寄り添ったまま過ごしながら、夕顔の女はまだ何かにひどく怯えて怖がっている様子がいかにも若々しく可憐なのです。 格子を早々とおろし、灯火
の用意をおさせになりました。 「こんなにすっかり隔てのない打ち解けた仲になったのに、まだあなたは相変わらず隠し立てなさるのがつらい」 と源氏の君は恨み言をおっしゃるのでした。 宮中では、今ごろ帝がどんなにか自分をお探しになっていらっしゃることか。帝のお使いは、いったいどこを探し歩いていることやら、と思いやられます。 「それにしてもこれほどこの女に夢中になるとは我ながら何という不思議な心だろう。また六条の御息所も、全くお訪ねしないのでどんなにかお恨みになり苦しまれていらっしゃることだろうか、あの方に恨まれるのはつらいけれど、あちらにしては無理もないことだ」 など、すまないと思う点では、まず第一にあのお方をお思い出しになられるのでした。 おっとりと無邪気に、差し向かいに坐っている目の前の女を、たまらなく可愛くお思いになるにつけ、六条の御息所が、あまりにも高い自尊心から、こちらが息苦しいような窮屈な気分にさせあられる点を、少し取り捨ててくださったならなど、源氏の君は心のうちに、ついふたりを比べておしまいになるのでした |
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