源氏の君は女のところにお通いになる時は、わざとらしいまでに、お召物も粗末な狩衣
をお召しになり変装なさって、顔さえちらりともお見せになりません。深夜、人の寝静まるのを待って出入なさいますので、昔、話しに聞いた妖怪変化へんげ
めいて、女はほどく気味悪く思って、心細く悲しくてならないのですけれど、その人のおおよその感じは、さすかに暗闇の中の手さぐりにでもわかりますので、 「いったいどなたくらいの身分のお方なのかしら、やはりあの隣の好色者すきもの
が手引きをしたのかしら」 と、惟光のことを疑ってみるのですが、惟光の方ではもっぱらしらを切ってそ知らぬふりで全く思いも寄らないと言う顔をして、自分の情事だけに浮かれ歩いていますので、いったいどういうことかと、女の方ではさっぱり納得がいかず、見当違いの奇妙な物思いをするのでした。 源氏の君も、夕顔の女がこんなふうに心からなびききった様子で油断させておいて、ふいにこっそり行方もわからずになってしまったら、どこを目当てにして探したらいいものかとお案じになっていらっしゃいます。 この夕顔の家は、あくまでかりそめの隠れ家らしいから、どこからどこへとあてもなく移ってしまうかもしれないのだとお思いになりますと、それがいつの日とも予想出来ないので、女の行方を探し求めてもわからなかった時には、結局、この程度の浅い情事にすぎなかったのだとあきらめられるかも知れないけれど、とてもそんなふうにすますお気持になれません。 人目を気にして逢わずにいらっしゃった夜な夜ななどは、とてもがまんがお出来にならず、苦しいまでにお悩みになります。 「やはり、この女を誰とも知らせずに、こっそり二条の院に迎え入れよう。もし世間に知れて不都合なことがおこったとしても、それもこうなる前世からの因縁だったのだろう。自分の心とはいいながら、こんなにまで夢中に女に惚れ込むことはかつてなかったのに、一体これはどういう宿縁によるのだろうか」 などと、お考えになられるのでした。 「さあ、もっと気がねのいらない所へ行ってゆっくりお話しよう」 などとお誘いになりますと、 「やはり何だか不安ですわ、だってそんなことおっしゃっても、これまでとても変わったお扱いばか受けているのですもの、なんとなく怖くて」 と、たいそう子供っぽく言いますので、源氏の君はほんとうにそれのそうだとお笑いになって、 「なるほどね、いったいどちらが狐なのだろう。まあ、四の五の言わずわたしに化かされていなさいよ」 と、やさしくおっしゃいますので、女も、すっかり心を許してそのつもりになり、どうなってもいいと思ってしまうのでした。 どんなに奇怪な不思議なことでも、ひたむきに従ってくる心は、何という可愛い女だろうと源氏の君は思われるにつけ、やはり、この女は、頭の中将が話していたあの常夏とこなつ
の女ではないのかと疑わしく思われます。 あの時に聞かされた女の性質などをまずお思い出しになるのでしたが、女の方には隠さなければならないわけがあるのだろうと、無理にそれを問いただしたりはなさらないのでした。 思わせぶって、急に裏切って逃げ隠れしそうな性質などは、今のところ女には見られないのです。もし、夜離よが
れが度重なり捨てておくような時にでもなれば、女の方でも行方をくらますような気を起こすかもしれないけれど、とても御自分でも気持がよそへ移ることなどはお考えになれないのです。いや、かえって女の方が飽いてきて移り気なところを見せてくれでもした方が、もっと恋の味わいが深まるのではないかとまでお思いになるのでした。
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