惟光は、どんなspan>些細
なことでも、源氏の君の思し召しにそむかぬようにと心がけていますが、自分も女には目のないたちなので、ずいぶんあれこれ策を弄して駆け廻っては、源氏の君があの家に通いはじめられるように、強引に段取りを取りつけました。 このあたりの話しはくだくだしくなりますので、いつものように省かせていただきましょう。 さて、その女はどこの誰と、はっきり素性を確かめることが出来ませんので、源氏の君もお名前を明かされません。いつもたいそう身なりを目立たないようにおやつしになられて、これまでになく身を入れてお通いになるので、これはよほど女を本気でお思いになっていらっしゃるのだろうと、惟光はお察ししました。そてで自分の馬を源氏の君にさし上げて、自分はお供で走り歩いていました。 「恋人のこんなみっともない徒歩姿を、あの女に見つけられましたら、さぞ情けないことでしょうなあ」 などと辛がりますが、源氏の君はこの恋を秘めておきたいので、あの夕顔の花をお取り次ぎした随身と、その他には、先方に全く顔を知られていないはずの童一人だけをお供に連れていらっしゃいます。もし万が一にも、勘付かれてはと懸念けねん
なさり、隣の乳母の家には、中休みにもお立ち寄りにならないのでした。 夕顔の女の方も源氏の君については、ほんとうに不可解で腑ふ
に落ちない気持がするばかりなので、源氏の君のお使いの後を人に尾つ
けさせたり、明け方、源氏の君がお帰りになる道をたどらせたりして、なんとかお邸のありかを突きとめようと探るのですが、君の方では、うまく尾行をまいてはぐらかしていらっしゃいます。 こんな水臭いことをしながら、一方では夕顔の女へのいとしさが日々に募り、逢わないではとても耐えられなくなり、女のことばかりがいつもお心にかかって片時も忘れられません。こんな次第を不用意な軽はずみまことだと御自身では重々反省もなさり、情けないことだとお思いになりながらも、やはり足繁にならずにはいらっしゃれないのでした。 こうした色恋沙汰は、堅い真面目人間でも分別を失って、惑乱してしまうことがありがちですけれど、源氏の君はこれまでみっともない真似をしないように自重していらっしゃって、人から非難されるような軽率な振舞いはなさらなかったのです。それなのに今度ばかりは朝別れて夕暮れに訪れるまでの昼間のわずかな時間さえ、あやしいほど逢いたくて気が気でなく、たまらなくお苦しみになられるのでした。 一方では、我ながらいかにも狂気じみていて、こうまでお心を奪われるような相手でもないと、強いて冷静になろうとつとめられます。 女の様子は言いようもなく素直で、もの柔らかにおっとりしていて、考え深いとかしっかりしているというところはあまり感じられません。ひたすら稚じみた初々しさと無邪気さなのです。かといって、男女の仲を全く知らないというのでもないところから見ると、、深窓の高貴の姫君というわけでもないのでしょう。一体、この女のどこにこうまで惹かれるのかと、源氏の君はかえすがえす同じことをお考えになるのでした。 |