お通いどころの六条のお邸では、庭の木立や植え込みなどの風情が、ありふれたところとは全くちがっていて、いかにも閑静に、優雅にお住まいでいらっしゃいます。 女の君の高貴すぎるほど端正な御容姿などは、比べようもないほど、お美しいので、さきほどの夕顔の垣根の女のことなど、思い出されるはずもありません。 明くる朝は少しお二人で寝過ごされ、朝日がさし昇るころ、源氏の君は六条のお邸をお出ましになります。 黎明の中に拝する源氏の君の朝帰りのお姿は、たしかに人々がこぞってほめそやすのは、無理もないほどの御立派さなのでした。 今日もあの夕顔の蔀戸
の前をお通りになられました。これまでにも時々通り過ぎていらっしゃったあたりなのですけれど、ただ、歌をとりかわしたというささいなことが、お心にとまってからは、いったいどんな人が住んでいるのだろうと、つい往き来にお目がとまるようになりました。
惟光が数日たって参上いたしました。 「病人がまが弱っておりますので、何かと看病に追われておりまして」 など申し上げてから、いっそうお側近くに進んで、 「例のお話がございました後に、隣のことをよく知っている者を呼びまして、尋ねさせましたが、はっきりしたことも言いません。ごくこっそりと、五月ごろから西隣の家にご滞在の方がいらっしゃるようですが、どういうお方なのかは、家の中の者にさえとんと知らせないようにしていると申します。わたしも時々、隣との境の垣根越しに覗き見しますが、たしかに若い女たちの姿が、簾越しに見えます。褶のようなものを形ばかりでも腰につけているのは、仕えている主人がいるのでございましょう。 昨日のことですが、夕陽の残照が狭い隣家の中いっぱいにさしこんでおりました折に、手紙を書く様子で座っていた女の顔が、それはきれいでした。何か物思いに沈んでいるふうで、側にいる女房たちも、ひっそり泣いている様子などがよく見えました」 と申し上げます。源氏の君はほほ笑まれて、もっとその女のことを知りたいとお思いになります。 惟光も心の内に、 源氏の君は御身分が社会的にも重々しいお方だけれど、お年の若さや、女たちがすっかり魅せられてあんなに夢中になってお慕い申し上げる様子を見ると、これではあまりお堅いばかりなのも、情がなさすぎて淋しいかも知れない。女たちが相手にしてくれそうもない身分の低い男さえ、やはりこれはと思う女がいれば、恋心が動かずにいられないのだから、まして女たちが夢中になる褶源氏の君のことだもの、浮気なのも仕方がないだろう」 などと思っているのでした。
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